日々、想定外。4

Category: 日々、想定外  


俺は日本に戻ってきて半年、
この時間が一番嫌で堪らない。

それは、毎朝の出社するタイミングだ。

他の社員同様、入社時間は必ず守るようババァからきつく言われていることもあり、俺の出社時間と社員たちの出社時間が重なる。
女社員に限っては、俺を一目みたいがために、エントランスはいつも飽和状態。

その熱い視線のなか重役専用エレベーターへと直進する約3分が苦痛で仕方無い。
これが総二郎なら、投げキッスのひとつでもして女たちを喜ばせるサービスも朝飯前なんだろーけど、俺はそんな気色わりぃことはごめんだし、視線を送るのもめんどくせぇ。

いつものように痛いほどの視線を感じながら早歩きでエレベーターへと向かっていたとき、一人の女が近付いてきた。

「副社長、おはようございます。」

「…………。」

「NYでの研修の際にお世話になった橋爪です。
覚えていらっしゃいますか?」

「…………。」

「その際はありがとうございました。」

「…………。」


覚えてるわけねーし、俺にとって得になる奴しか記憶に残さねぇたちなんで、完全無視。
それでも、エレベーターホールまで付いてくるその女にエレベーターに乗り込む寸前言ってやる。

「気安く話し掛けんな。クビにされてーのか?」

一瞬で凍りつく女の目の前で無情にもエレベーターの扉は静かに閉まった。

そして、上に昇り始めたエレベーターの中で、
「ふざけんなっブスっ。」
と、自然に悪態をついた俺の横で、

「ぶっ……」
と、小さく噴き出す音がした。



「何、笑ってんだよ。」

「……いえ。」

ただでさえ頭ひとつ分ちいせぇ秘書の牧野が、うつむきながら俺より1歩下がったところに立っている。

「笑ってるだろ、おまえ。」

「いえ、笑ってません。」

その即答した声がいつもより高い。

「ふざけんなっ、おまえの仕事だろーが。」

「は?」

「怪しい奴が近付いてきたら秘書のおまえが全力で立ちはだかるもんだろ普通。
横で笑ってる秘書がどこにいんだよ。」

不満をぶつける俺に、こいつは淡々と言いやがる。

「怪しい奴ではないと判断したので。
それに、……女性社員に好かれるのはいいことだと。」

「あ゛?」

「営業部の橋爪さんは若手の女性社員の中ではトップに人気のある方ですよ。
仕事もできるし、容姿端麗。
副社長が言うブスとはかけ離れた女性ですが。」

そう言って俺を見上げるこいつと目が合う。

「……そうかもな。
おまえの猿みてぇな顔を見てると、さっきのあいつがそれほどブスには見えねぇな。」

「それって、」

「セクハラって言いてーんだろ?」

セクハラでもパワハラでも受けてたってやると勝ち誇ったように言った俺に、牧野は小さな手帳を取り出して言った。

「…………いえ。
でも、今週のスケジュールに健康診断を追加した方がいいかと。」

「あ?」

「眼科の予約が必要ですね。
橋爪さんをブスと言ったり、私をサルと言ったり、副社長の目はかなり重症なのでは。
たぶん、目の奥からぐっちゃぐちゃに腐ってますよ!」

そう言って、ちょうど開いたエレベーターから先に降りていく牧野。



残された俺は、
「ぐっちゃぐちゃに腐ってる…………」
と、あいつの言葉を反復しながら
「かもな……。」
と、呟いた。


なぜなら、俺を見上げてムキになって反抗してきた牧野が、かわいく見えちまったから。



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 2017_04_19


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    2017-04-19 16:23  

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