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日曜の朝。
NYに来てから俺の生活習慣は激変した。

日本にいる時は土日も関係なく仕事に追われていたのに、今は日曜は完全なオフと決めた。
ゆっくりと目覚めて、遅めの朝食をとり、愛する妻と今日一日のスケジュールをたてる。

そんな平凡で当たり前の生活が、むちゃくちゃ幸せなのだ。


今日もこれから身支度をして、冬に向けてお揃いの手袋でも見に行こうかと話していたところに、
珍しい奴からテレビ電話がかかってきた。


「おう、どうした珍しいな。」

「司、元気?」

「ああ、そっちは?」

「まぁ、相変わらずかな。」

そんな話をしている俺を、キッチンで洗い物をしながら愛しい妻が『誰?』という顔で見ている。

それに俺は『一ノ宮だ』と口を動かしたと同時に、こいつの顔がパァーと輝きやがる。
そして、急いで手を拭いたあと、ソファに座る俺の隣へ駆けてきた。

『一ノ宮さん!』

『おー、牧野さん、いやっ、違うか。
もう、牧野さんじゃないね、んー、つくしさんかな。』

そう言って目を細める一ノ宮に、
『軽々しく呼ぶなっ』
と、怒鳴る俺を見て、

『司、うるさいよ。』
と、口をとがらせて怒るつくし。

結婚して、『司』『つくし』と呼び合うようになって半年。
俺達はすげぇ幸せに暮している。



「どうした?なんか用だったか?」

一ノ宮から直接テレビ電話が来るなんて珍しい。

「昨日の神崎社長の会見見たか?」

「いや、見てねぇよ。」

神崎社長と言えば、昔、酒の席でつくしを酔い潰れるまで飲ませた相手。
その神崎社長は最近経済界賑わせている。

アメリカの通販業界では右に出るものはいないと言われている会社と、世界で初めて業務提携を結んだのだ。

世界中の通販会社が手を組みたいと思っているアメリカの豪腕社長から、神崎社長が選ばれたというニュースは経済誌やネットで大いに取り上げられた。

その業務提携のサインを兼ねて、神崎社長の会見が昨日行われたはず。
会見内容は明日、西田から完結にまとめられた資料となって目を通す予定だったが、

「何かあったのか?」

わざわざ一ノ宮が電話してくるのには理由があるのだろう。

「なんだよ、見てないのか。
すごい、面白かったぞ。
日本では、今日はその話で持ちきりだからな。」

そう言って嬉しそうに笑う一ノ宮。

「なんだよ、気になるな。」

「だろ?司のアドレスに動画送っておいた。
つくしさんと一緒に見るといいよ。
じゃ、またな。」

言いたいことだけ言って切れた電話。
買い物に行くのは少し後にして、一ノ宮から送られてきた動画を隣りに座るつくしと見ることにした。






会見は両会社の社長が並び、書類にサインをし、交換することから始まった。
大まかな提携内容などが発表され、握手をし写真撮影。

そこまでは通常の流れだが、ここから神崎社長らしい展開になった。
上機嫌な社長は、多数押しかけていた記者の質問に片っ端から答えていく。

もともと英語も得意な社長なだけあって、海外からの記者の質問にも流暢な英語で答え、アメリカンジョークも冴えている。
記者会見はあっという間に神崎社長のステージと化していた。

そんな状態が10分ほどたった頃、ある記者がこんな質問をした。

『業務提携をする上で神崎社長の会社が選ばれた理由の一つに、他社との流通システムの違いが挙げられます。ここ数年で社長は流通システムを変化させていますよね?そこに御社の転機があったと思うのですがどのようにお考えですか?』

確かに、今回の業務提携に神崎社長の会社が選ばれたのには大きな理由がある。
現代、世界中で通販会社というのは何千社あると言っても過言ではない。
だが、その会社の多くは流通時のコストにおいて苦戦しているのだ。

海外から取り寄せる商品にはどうしても送料が高くつく。日本国内でさえ無料の地域は限られる。

その点、神崎社長の会社はアジア圏内ならどこでも無料で商品を送るシステムを確立させていた。
そこにアメリカの会社が目をつけた。
アジア圏内に拠点を設けることで、アメリカ、アジア全域に送料のコストがかからずに商品を送るシステムを作るのだ。

記者の質問に神崎社長が口を開いた。

『我社は商品を自宅に届けるという概念を一切捨てました。
個々の自宅に届ける手間、コストをすべて廃止し、最寄りのコンビニと提携することで流通にかかるコストを最小限にした。
若い人は自宅に商品が届くというメリットよりも、自宅を知られる事や時間が拘束されるデメリットの方が重要だと考えているんですよ。』

そこまで言った社長は、少し間を開けたあと、
ガハハと笑いながら続けた。

『いやぁ、こんな偉そうに話してますけどね、実はこれはある人からの提案というか、アドバイスがあったんですよ。』

照れくさそうに笑う社長に、
『ある人とは?』
と記者が問う。

『2年くらい前ですが、素敵な女性とお酒を呑む機会がありましてね、酔っぱらいの私の話にも終始にこやかに相槌をしてくれて、それはそれは美味しいお酒だったんです。
その時の女性に、言われた言葉が胸に刺さりましてね。
通販を利用する年代の方の8割は働く世代なんです。なのに、配達はその働いている時間にしか稼働していない。もっと自由に受け取れるシステムが必要だ…
そう言われましてね、酔っぱらいの酔いがあっという間にさめたわけですよ。』

神崎社長の言う「彼女」とは、紛れもなくつくしのことだろう。
隣りに座るつくしも画面から目を話さずに聞いている。

『その女性の言葉が今日に至ると言うことですね?』

『そのとおりです。
とっても素敵な女性でしたね。』

最後の言葉が余計だ。
ニヤリと笑いながらそう言う神崎社長を記者が見逃すはずがない。

『神崎社長は確か独身でいらっしゃいますが、
その女性と言うのはもしかして社長の…』

『いやいやいやいや〜、そんな事言ったら怒られますよ。
でもね、あと20年僕が若かったら確実に猛アタックしてますね。』

ガハハハ〜と笑う社長に、記者たちも食いつく。

『よろしければその女性のお名前は?』

『いやいや、勘弁してくださいよ。』

『でも、今回の業務提携の功労者でもありますからぜひ!』

はぁーーー。
ここまで来たら諦めるしかない。
この神崎社長が黙ってるオヤジのはずがない。


『いやー、実は……、
道明寺財閥の御曹司である司常務をご存知ですよね?
その方の奥様ですよ。』

その言葉に会場内がどよめくのが画像からも分かる。
つくしの事は今までベールに包まれたままなのだ。


『昨年ご結婚されたという道明寺司さんの奥様ですか?』

『ええ、そうです。
まだ結婚される前のお二人と偶然呑む機会がありまして。
マスコミの皆さんがある事ない事好き放題書かれていますが、ひと目見れば納得しますよ。
お二人がどれほどお似合いで相思相愛か。
ほんとに、僕が20年若かったらなー。』

そこで再び会場の笑いを誘う社長。
画像はそこで終わっていた。


そして、メールには一ノ宮からの一言も添えられている。

『どうだった?このたぬきオヤジの会見。
この会見のあと、司たちの学生時代からのラブストーリーで日本は盛り上がってるぞ。
神崎社長にお礼しておけよ。
これは社長なりのエールだぞ。
司たちがNYに行ったあと何回か社長と会食する機会があった。
いつも言ってた。
胸を張って日本に戻ってきて欲しい。
道明寺財閥を背負って立つのは司しかいない、って。
俺もそう思ってる。待ってるよ。』




一ノ宮のメッセージを読み終わった俺は、隣のつくしを引き寄せる。

『つくし。』

『ん?』

『マフラーもお揃いで買うか?』

『いいけど、どうしたの?』

『東京の冬も寒いだろーから、今から準備しておくのもいいんじゃね?』








時差恋愛
Fin



最後まで、ありがとうございました!

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 2019_07_31





目的を持って、覚悟を決めた司は、
誰よりも強く、意志を曲げない事を
母親である自分が一番知っている。

だから、
NY行きも彼女との結婚も、考えた末の決定事項なのだろう。

私の意見や行動が司に影響を与えていたのは高校生ぐらいまでで、成人して会社に入ってからは、
私と同等にやり合ってきた。

実際、仕事面でも司の存在は想像以上に大きく、
口には出さないけれど、これまでかなり頼ってきた。

そんな司が今の副社長という地位を譲り、会社の裏方に回ると言い出したのだ。

『道明寺も大切だが、それと同じくらい大事なものができた』

何を生ぬるい事言ってるんだ!と一喝してやりたい所だが、母親としての私が、
『司の唯一の幸せを奪うな』と顔を出す。

一番、生ぬるいのは私自身かもしれない。


牧野さんのことは徹底的に調べた。
家族構成、資産、交友関係、
どれをとっても司には不釣り合い。

だけれど、どれをとっても潔いくらい真っ白。
彼女が誠実に生きてきた証に、これ以上の財産はあるだろうか。

できる事なら司と二人で日本で過ごしてほしい。
でも、それを強要出来ない環境であることは間違いない。

否応でも目立つ存在の司。
その伴侶となれば良くも悪くも話の種にされる。
彼女にそれを耐えろというのはあまりにも酷かもしれない。








数カ月後、
司はNYへと旅立った。

『道明寺財閥、実権争い』
『息子の副社長を降格処分』
『嫁姑の不仲』

連日、マスコミが好き放題騒ぎ立てていたけれど、ようやくおさまってきたらしい。

反論すれば敵の思う壺。
黙ってにこやかにやり過ごしてきたけれど、内心は爆発寸前だった。

パーティーに出向けば、
『結婚を反対したから司くんはNYへ逃げたのか?』
なんて、牧野さんのことを悪く言う連中ばかりで怒りに震えることさえあった。

実際は…というと、
彼女は愛おしいお嫁さんなのだ。

あのバカ息子をうまく操り、私にも気を遣って、慣れないNYで頑張っている。
司が日本にいるときより距離が近く感じるのは、彼女が間に入ってくれているおかげ。


いつか、
何年後、何十年後でもいい。

司と彼女、そして道明寺財閥を見て、
周囲の誤解が解けることを祈りたい。



久々の更新にもかかわらず、コメント、拍手、拍手コメント、ありがとうございます!
明日で『時差恋愛』ラストです。
次回作も少し浮かんでいますので、
ゆっくりですが更新したいと思っています。
お付き合いよろしくお願いします♡


 2019_07_30





パーティー会場であるホテルを出ると、いつもの俺専用の車とババァ専用の車が連なって並んでいた。

無言で車に乗り込んだババァのあと、俺も自分の車に乗りかけたが、
「西田、社長と少し話がある」
それだけ言うと、ババァが乗った車の逆のドアから乗り込んだ。

突然乗ってきた俺に驚いた顔をしたババァだが、
すぐに平静を取り戻し、
「出して頂戴」
と、運転手に告げた。


動き出した狭い車内。
重い沈黙のあと、俺は静かに切り出した。

「すみませんでした。」

「……フッ……なにかしら、あなたの口からそんな言葉が出るなんて、」

「俺のせいで居心地わりぃ思いさせたのは事実だしよ。」


いつも誰よりも胸を張って生きてきたババァが、今日は少しだけ小さく見えた。
それが、俺のせいなのは分かってる。

「俺は……、俺の選択は間違ってないと思ってる。
ただ、認めてもらうには時間がかかるっつーのも理解してる。」

そう言う俺に、フっと軽く笑ったあとババァが言った。

「理解してる?
そんな簡単な話かしら。
この間も話したけれど、あなたの選択は道明寺家の選択と同じことよ。
あなたが彼女を選ぶなら、この先ずっと、さっきのようや居心地の悪い思いを味わい続けることになる。
それはあなただけじゃない、彼女も同じ。」



あなただけじゃない、彼女も同じ。

そのババァの言葉が耳から離れなかった。






それから数ヶ月、
牧野と付き合いだして1年が立つ頃、
俺は1つの決断をした。

「牧野、結婚しよう。」


たぶん、こいつはすべて分かってる。

俺がこれからしようとしている選択も、
それが二人にとってベストだと決めた過程も、
それに、付いてきて欲しいと心から願ってる想いも、

牧野はすべて分かってる。

だから、一言
「うん。」
そう言って俺のプロポーズを受けてくれた。


牧野の返事を聞いたその夜、久しぶりにババァの書斎へ顔を出した。

突然の訪問に驚いたあと、ババァのその目が警戒心に変わる。

「なにかしら?話って。」

「NYに行かせてください。」

そう言って頭を下げる俺に、ババァの顔が少しだけ歪む。

「どういうことかしら。」

「日本支社から離れるつもりです。
引き継ぎは竹下常務にお願いしてあります。
NYのホテル部門かマーケティング部に空きが出るようなのでそこに異動させてください。」

予め情報収集は徹底的にやった。
竹下常務なら俺の仕事を任せられる。
竹下常務が副社長になれば、おのずとNYから出世組が数人日本に戻ることになるだろう。
その空いた部署に異動すれば問題も最小限で済む。

「自分が言ってる意味を分かってるの?」

「はい。」

「降格したいと言うこと?」

「降格でも左遷でも、どちらでも構いません。」

そう言う俺に、長い沈黙のあとババァが静かに言った。

「牧野さんは?」

「連れて行きます。」

「連れて行くって彼女の仕事は…」

「結婚して、二人で行きます。」



これが俺の出した結論。
牧野と付き合って1年、堂々と胸を張って交際すればするほど、周りの奴らの風当たりは強くなった。

ババァが言ったとおり、どんなに俺が守っても、牧野を傷付ける奴らはいる。

ならば、そんな環境は捨ててしまえばいい。
地位?名誉?
生まれてきてから今まで、俺はそれらで幸せを感じてきたか?

答えはすぐに出た。

あいつと一緒にいれるなら、地位も名誉もいらねぇ。
いや、あいつを幸せにするぐらいの金は必要だが、
今ある資産だけでも充分に食っていける。


「あなたは道明寺家の跡取りよ。」

「息子が家を継がなくたって、優秀な部下はわんさかいるだろ。」

「今の地位を捨てると言うこと?」

「ああ、地位は捨てる。
けど、道明寺は捨てない。
俺にとって道明寺財閥はどこよりも大切な会社だ。
ただ、それと同じくらい牧野っつー大事なものができた、
それだけのこと。
両方、守りたい。
そのためなら、いらねぇものは捨てる。」



愛着のある会社と、愛する人を守りながら
穏やかに過ごしたい、
それが俺の出した結論。



 2019_07_29




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