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2週間の入院生活も明日でやっと終わる。
医師からようやく退院の許可が出た俺は、ここ数日考えていた事を牧野に伝えるため、久々に救命センターのあるフロアへ下りてきた。

あの日、タマに牧野への想いを打ち明けて、それまで頑なに圧し殺してきた気持ちを解放させた。
もう一度おまえと向き合いたい。
俺はおまえしか考えらんねぇ。

退院する前にそうあいつに伝えたいと、救命センターの前にあるベンチで待ち伏せしていると、運悪く友香が通りかかった。

「司さん?」

「……おう、おまえか。」

「どうしたの、こんなところで。」

「いや……。おまえは?」

めんどくさい奴に出くわしたと、内心舌打ちをしながら聞き返すと、

「兄に用事があって。」
と、救命センターを指差す友香。

こいつの兄の坂東ドクターのことは俺も気になっていた。
紹介されたときの話が本当なら、牧野は坂東と付き合っている。

その事もここ数日何度も考えた。
そして俺が出した結論は、
あいつが誰を好きで誰と付き合っていようが、
俺はもう一度牧野と向き合いたい。

それで、傷つくような現実が待っていようとも、何もせず牧野を諦めるよりはいい。

「明日、退院することが決まったそうね。
退院祝いしなくちゃ。」

「そんな暇ねーよ。」

「でも、ご飯食べる時間くらいはあるでしょ。
明日の夜は空けといてね。」

相変わらず強引な誘いにため息をついた俺の隣で、

「あっ、お兄ちゃん!」
と友香が叫んだ。

友香の視線の先を見ると、坂東ドクターと牧野が並んでこちらに向かってくる。

「どうも、道明寺さん。体調はどうですか?」
そう聞く坂東ドクターに、俺も立ち上がり答える。
「……明日、退院になります。」

「そうですか、それはよかった。」

坂東ドクターの隣では下を向き俺と視線を合わせない牧野。
こいつと二人で話がしたいと思って来たのに、最悪な邪魔物が入った。
もう一度、あとで出直してくるか……とこの場を離れようとしたとき、友香が思いもよらないことを言い出した。

「お兄ちゃん、明日司さんが退院するから一緒に退院祝いしない?」

「退院祝い?」

「そう、明日の夜にみんなで食事はどう?」

勝手に話を進める友香に、
「そんな暇ねぇって言ったろ。」
と、口を挟むと、

坂東ドクターが言った。
「ちょうどよかった。
明日は牧野先生と二人でうちで食事する予定だったから、道明寺さんがよければご一緒にどうですか?」

そのドクターの発言に、今まで下を向いていた牧野がガバッと顔を上げ、すげー嫌そうな顔をしやがった。
それを見て俺はキレた。

「是非、お邪魔します。」

牧野が俺の方を睨むのが分かったが、それも無視して、
「では、明日。」
そう言って俺はその場から離れた。




牧野ともう一度向き合いたいと思った以上、彼氏だろうが二人きりで過ごさせたくねぇ。
この目でおまえが惚れてる男がどんな奴か確かめてやる。





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 2016_03_31







俺を見上げる牧野の目があの頃と変わらず澄んでいて、引き込まれていくのを感じながらも頭に警告音が鳴り響く。

『つくしを楽にしてやってください。』

牧野の親父さんに言われたその言葉が暴走しそうになった俺の体をなんとか引き留めた。

牧野の体を壁へと追い詰めたまま、身動きしない俺に、

『……道明寺?』
と、口を動かす牧野。

そんなこいつの両頬をつねり、
『笑った罰だ。』
と両側に引っ張ってやると、ブサイクな顔で俺を睨み付けてくる。

これが、今こいつに近付ける俺の精一杯のアクション。
元旦那という立場では、これが限界。

それなのに、頬をつねりながらもどさくさ紛れに指で唇をかすめ、その柔らかさに己の唇で味わいたいと頭のなかはエロい妄想で全開。

こんな自分に思わず苦笑する。
正直、この7年、女を抱こうと思えばいくらでもそのチャンスはあった。
心は牧野を想っていても、体はそういう行為を欲するときもある。

でも、どんな女も抱きたいと思えなかった。
総二郎たちが言う、心と体は別ものだという心理は俺には当てはまらないらしい。

牧野が俺の心のなかにいる以上、俺にはこいつしかあり得ねぇ。
現に、今まで封印されていた男の欲望が、こいつに触れただけで全開になるほど。




両頬をつねったまま離さない俺に、声を出せない牧野は足で俺の脛を蹴ってきた。
その痛みに思わず頬から手を離しうずくまる俺。

その小さな動きを察したのか、壁の向こうでタマが言った。

「ここで待っていても当分坊っちゃんは戻らないと思いますよ。
タマが、お二人が来たことを坊っちゃんに伝えておきますので、どうぞお帰りください。」

「そうね。お母様もこのあと仕事でしょ?」

「ええ。じゃあ、タマに任せて今日は帰るわ。
明日、また時間があれば顔を出すって伝えて。
仕事の引き継ぎもしたいし。」

「わかりました。」

「タマさん、司があの本見つけたら、反応見ておいてねっ!」

「はいはい。」

タマが機転を利かせてババァと姉ちゃんを追い払う。
二人が出ていったあとしばらくして、

「出てきてもいいですよ。」
とタマが俺たちに言った。


間仕切り壁の狭いスペースからやっと解放された俺は少しだけ残念に思いながらも、
「ったく、さすが姉ちゃん。
牧野を嗅ぎ分ける嗅覚だけは健在だな。」
と言いながらベッドに乗り上げると、

「ヒヤヒヤしましたよ。」
と、タマも椅子に座り直した。

そんな俺たちの横で、
「ヤバイっ、こんな時間っ。
あたし、こんなところで油売ってる場合じゃないのよ。戻らなきゃ!
タマさん、……会えて嬉しかった。」
と、タマの手を握り微笑むこいつ。

そして、そのあとクルッと俺の方を向き直り、
「道明寺、病棟のスタッフに迷惑かけたら許さないからねっ!」
と、俺を睨み付け病室から走り去っていく。




「タマには笑ってみせるのに、俺には小言かよ。
ったく、……変わんねぇな。」

「坊っちゃん。
顔が嬉しそうですよ。」

「……タマ。」

「はい?」

「俺はあの頃よりはいい男になってるか?」

牧野が去ったその扉を見つめながらなんとなくそう呟くと、

「……そうですね、仕事も真面目にしてますし、奥様からの信頼も得てますよ。」

と、タマが答える。
その言葉に少しだけ笑いながら更に聞く。

「それだけか?」

「……まぁー、若い頃痛い傷をおっただけに、女遊びもしませんし、いまだに一人の女性を愛し続けてますしね。
仕事もプライベートも合格点じゃないでしょうか?」

そう言って親指を立てて見せるタマに俺は言った。

「今の俺なら、娘をもう一度預けてもいいと許してくれるだろうか……。」





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 2016_03_30







扉の向こうから聞こえる姉ちゃんの声に、俺たち3人は顔を見合わせて一瞬固まった。
そして、そのあとすぐに俺と牧野はタマに背中を押されて奥の間仕切り壁の向こうへと押しやられた。

「シッ!
奥さまと椿さまが見舞いにいらしたから、あんたたちはここで待機!いいね?」

タマがそう言って、声を出すなと俺たちに念をおして戻っていくのと同時に、病室の扉が開いた。

「司~、入るわよ。」
と、姉ちゃんの声。

「……タマ、司は?」
と、それに続くババァの声。

「あの、……坊っちゃんは少し散歩に行くと言って出ていかれました。
今出ていきましたので、しばらくは戻らないかと。」

「あらそう。
せっかく見舞いに来てあげたっていうのに、タイミングの悪い男ね。」
と、姉ちゃんの相変わらずな言葉に苦笑すると、
向かい合う牧野の顔もほころんでいる。

俺たちがいる間仕切り壁は二人が隠れるのがやっとの大きさ。
自然と近くなった牧野との距離に意識せずにはいられない。

俺より頭1つ分ちいせぇこいつは、姉ちゃんとババァの突然の登場に緊張してるのか、下を向きじっと動かない。
その顔に窓からの日差しが直接当たり眩しそうだ。

俺はゆっくりと牧野の両肩に手を置くと、音をたてねぇよう慎重に、俺と牧野の立ち居ちを交換した。
無言で『何?』と目で聞いてくるこいつに、何でもねぇと首を振ったが、日差しから逃れたことに気付いたのか、『ありがと。』と口が動くのが分かった。

そんな俺たちの隣では間仕切り壁の向こうでタマとババァと姉ちゃんの聞きたくもねぇ会話が真っ最中。

「タマ、悪かったわね、荷物を全部持ってきてもらって。」

「いいえ、着替えぐらいですから。」

「司が昨日タマさんに電話して、プラダの部屋着やら、アルマーニの下着やら、細かく指示したそうよ。
まったく、あのクソガキは……。」

「椿、言葉が乱暴よ。」

「入院に必要なものはタマさんが揃えてくれたから、あたしは娯楽を差し入れに持ってきたわよ~。」

姉ちゃんがそう言ってガサガサと紙袋を開ける音がする。

「こういうのはやっぱりベッドの下に隠すものかしら?」

「あなたって人は…………。」

「椿お嬢様、どこでそんな……」

「フッフッフッ……ネットで検索したら、若い子が喜ぶ入院差し入れの第3位に『セクシー本』ってあったのよ。
だから、銀座の書店で『セクシー本下さい」って聞いて買ってきたの。
なんて弟想いの姉なのかしらあたしは。」

そう言って得意気に笑う姉ちゃん。
要するに、話だけ聞けば、姉ちゃんは俺に『エロ本』を差し入れしたようだ。
それをベッドの下に隠して満足げの姉ちゃん。

「坊っちゃんが見つけたら怒りますよ。」

「そうかしら。」

「まぁ、椿の仕業だとすぐに分かるからいいわ。」

ババァも姉ちゃんの暴走は慣れっこだ。

「書店の店員さんのイチオシは、この『ビーチで出会ったDカップの彼女』ってやつなんですって。
確かに顔は可愛いのよねこの子。」

エロ本の題名をここまでサラッと言い切る姉ちゃんに頭を抱えたくなったが、そんなことをするスペースもない今、天井を見上げるしかない。
牧野にこんな会話を聞かれて、目も合わせられねぇと思ったとき、向かい合う牧野の肩が小さく揺れてるのが分かった。

そっとこいつの顔を覗き込むと、
手で口を隠し、音をたてずに笑っている。

『おいっ』

『だって……お姉さん……』

『笑いすぎだろ、バレるぞ。』

『分かってる。でも、……おかしくて……もうダメ……。』

無声音で話す俺らの距離はすげー近くて、すぐ側にこいつの顔がある。
目を潤ませながらおかしそうに笑ってるこいつがすげー可愛くて、思わず手が出た。

耳から落ちた髪の束をそっと掴み、再び耳にかけてやる。
一瞬ビクッと反応した牧野が、狭いスペースで一歩下がり俺から距離を取ろうとしたから、俺はその一歩を詰め、牧野の背中を壁に付けた。


『……つくし。』

思わず口から出たその呼び方に、俺を見上げて牧野が固まった。



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 2016_03_29







今日は昼からの出勤で救命センターに顔を出すと、そこには道明寺の姿はもうなかった。
今日からあいつは病棟に移ることになっている。

昨夜、別れの挨拶はした。
背中越しだったけれど、会えてよかったとも伝えた。

昨日言った言葉はすべて本心。
道明寺と別れてから、いつも心のどこかで思ってた。
「元気でいるだろうか……幸せにしてる?」

少し痩せたみたいだけど、かえってシャープさが増し大人の男に変わった道明寺は、あたしが願った通り幸せそうでよかった。




いつものように、患者のベッドを回り診察をしていると駆け足でスタッフが近付いてきた。

「牧野先生っ。」

「どしたの?」
困った顔で立つスタッフに声をかけると、

「病棟からSOSです。」
と答える看護婦。

病棟の医師が緊急で休んだりオペに入っている時に、他の患者に何か問題が起きた場合は救命センターの医師が呼ばれることもある。
常日頃、どんな状態の患者でも対応してる救命センターの医師は、そういうときに使われやすいのだ。

「どんな状態?オペも必要?」
詰め所に戻りながらそう聞くと、

「それが……、」
と言葉を濁すスタッフ。

「何?どうしたの?」








それから5分後。
あたしは病棟までの階段を思いっきり音を立てて上がっていた。

あいつっ!
少しは大人になっていい男になったと思ってたのに、相変わらずわがまま放題で人に迷惑かけてばっかりっ。

「ここをどこだと思ってるのよっ!
あんたがいつも寝泊まりしてる高級ホテルじゃないっつーの!」

怒りが収まらず、ブツブツと独り言を言いながら階段を上がりきると、道明寺がいる特別室まで一直線に向かっていき、
「入るわよっ!」
と、中の返事も聞かずに思いっきり扉を開けた。

「よぉ、遅かったな。」

ベッドの上に座り、呑気に本を読む道明寺。

「あんたね、いい加減にしなさいよ。
この部屋の何が気に食わないのよっ!」

「まぁ、座れよ。」

「呑気に座ってられるかっ!
テレビが小さい?
風呂がジャグジーじゃない?
照明が明るすぎる?
ここはホテルじゃないっつーの!」

「おまえ、相変わらず口がわりぃな。」

「うっさい!
第一、そんなことであたしを呼ぶな。
あたしに文句を言われてもどうしようもないでしょ。
あたしは仕事があるの。
あんたのわがままを聞いてるほど暇じゃない。」

ベッドのギリギリまで近付き、怒鳴りそうになる声を必死に押さえながらそう言うあたしに、

「クック……7年経っても変わんねーだろ?」
と、誰かに言うように笑う道明寺。

「あんた、なに笑ってんのよ。
人が真剣に話してるのに。」

「いってぇー。
医者が患者を叩いてもいいのかよ。」

「これも治療なのっ。
あんたのわがまま脳みそはこうでもしないと治らんっ!」

そう言ってもう一度背中をバシッと叩いてやったとき、
部屋の奥の間仕切り壁から懐かしい声がした。


「つくし、坊っちゃんを苛めるのはそのぐらいにしておくれ。」

「…………。」

その声に固まるあたし。
そんなあたしの目の前に、昔と何一つ変わらないタマさんが姿を現した。

「……タ……マさん」

「つくし。」

にっこりと笑いながらあたしへと近付いてきたタマさんは、そのままあたしの手を握り、
「会いたかったよつくし。」
と手の甲をゆっくりと撫でてくれる。

「坊っちゃんのわがままは許してやっておくれ。
タマがつくしに会いたいと言ったから、つくしを呼び出すためにしたことなんだ。」

「そうだぞ、どうしてくれんだよ、この背中の痛みは。」

そう言って大袈裟にあたしが叩いた背中を痛がる道明寺。
思いっきり叩いた自覚があるだけに、
「ごめん。」
と素直に謝ると、あたしはタマさんに抱きついた。

「……元気でしたか?」

「見ての通り元気だったよ。つくしは?」

「はい。……見ての通り。」

そう言ってお互い笑うあたしたちの目には溢れる涙。
それを見て、道明寺が

「ったく、どうしようもねーな。」
と言いながら立ち上がり、ベッドの側にある棚からティッシュの箱を取り、あたしたちのところへと持ってきてくれた。


と、そのとき、病室の扉の向こうから人の声がしてあたしは固まった。

「お母様、この部屋みたい。
司、入るわよ~。」


その声は聞き間違えるはずもない、懐かしい椿お姉さんの声だった。




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 2016_03_28






救命センターから病棟の特別室へ移動した俺は、早速部屋のシャワーに入り邸から運ばせた部屋着に着替え、やっとベッドに落ち着いた。

今朝、救命センターには牧野の姿はなく、結局あれがあいつとの最後になったが、朝目覚めるとベッド脇に数冊の本が置かれていた。
俺が昔から愛用してる作家の最新本。
これを置いていったのは牧野だとすぐにわかった。
本のめくり跡が残るそれは、たぶん牧野が自分用に買って読み終わったものだろう。

早速、暇潰しをかねてその本を開き読み進めるが、内容がなかなか頭に入ってこねぇ。
あいつは、この作家の本を今でも愛読してるのか、昔もこうしてお互いの本を交換しあって読んだよな…………そんな事が次々と頭に浮かび本に集中するどころではない。

結局、読み始めたばかりの本をパタンと閉じ、
「何やってんだよ俺は。」
と小さく呟くと、

「ほんとですよ、全く。
何やってるんですか、坊っちゃん。」
と、病室の扉の方から声が返ってきた。

「タマっ、」

扉から入ってきたのは両手に荷物を抱えたタマの姿。

「いかがですか、具合は。
やっと面会できると聞いて飛んできましたよ。」

「その荷物はなんだよ。」

「坊っちゃんの着替えから洗面用具、髭反り、香水まで、必要なものは全部持ってきました。」

そう言って紙袋から次々と出していくタマ。
それを見て俺が、

「誰かに頼めよ。
そんな重い荷物、一人で運んでんじゃねーよ。」
と、遠回しに感謝の言葉を言ってやると、

「友香お嬢に頼んだ方がよかったですか?」
と、睨みながら言ってくる。

「……そーじゃねーよ。
とにかく、そこに座って休め。」

「はいはい。」







運んできた荷物を一通り部屋にセッティングし終えたタマは、邸から持ってきたというきれいにカットされた果物を俺に差し出しながら言った。

「坊っちゃん、何か悩みごとですか?」

「あ?」

「来たときから思ってましたけど、なんだか浮かない顔ですね。」

そう言って覗き込むように俺の顔を見るタマ。

「別に何もねーよ。」

そう答える俺に、

「このタマの目は誤魔化せません。」
と、更に怪しむこのババァ。

「さっさと帰れ。」

「今来たばかりなのに失礼な。」

「用は済んだから帰っていいぞ。」

シッシッと手振りで追い払う俺に、

「タマに言えないなら、後で奥さまと椿お嬢様が面会に来るそうなので、坊っちゃんが悩んでると伝えておきましょうか?」
と、究極の嫌がらせをしてきやがる。

ババァはともかく、姉ちゃんにその手の話を振ると、食い付きが半端ねぇ。
俺をからかうことが生き甲斐の姉ちゃんなら、白状するまで帰らねぇだろう。


「くそ老婆。ポックリ逝っちまえ。」

悪態を付いてやるも、シレッと俺にリンゴが刺さった爪楊枝を差し出しニコッと笑うタマに、俺は思いっきりため息を付いてやった。



「7年ぶりに会ったんだよ。」

「……はい?」

「だから、あいつに会ったんだ。」

タマにそう言うと、言葉の意味を理解できないまま俺をじっと見つめていたが、しばらくして
「あいつって、……もしかしてつくしですかっ?!」
と、驚いた声を出した。

「ああ。ここで医師として働いてた。」

「まさか、……そんな偶然。」

「俺もすげー驚いた。
救急車で運ばれた先がここで、そこの救命ドクターがあいつなんて……すげー偶然だろ?」
と、思わず苦笑する俺。

「……それで、話はしたんですか?」

「ああ。」

「坊っちゃん……」

「…………。」

黙ったまま顔を伏せる俺に、

「あの子は、……つくしは元気でしたか?」
と、涙に詰まる声を出すタマ。

「……ああ。
ちゃんと医学部に通って、立派なドクターになってた。」

「そうですか……。」




7年前、タマにだけは真実を語った。
邸の前に長い時間俺の帰りを待ち、立っていた牧野の親父さんを最初に見つけたのはタマだったから。

俺に膝を付いて詫びる親父さんを、涙ながらにタマは見ていた。
だから、そのあとの俺が出した別れという結論に、タマは一言も口出しはしなかった。

牧野の良き理解者で、良き話し相手だったタマは、牧野が苦しんでいることに一番心を痛めていたはず。
だから、あいつを解放することを選んだ俺に何も言わなかったのだ。



「坊っちゃん。」

「ん?」

「坊っちゃんが言うように、タマもいつポックリ逝く身か分かりません。」

「なんだよそれ。」

「だから、……つくしに、会いたいんですよ。」


こぼれそうな涙を必死に耐えながら、まっすぐに俺を見て言うタマ。
そんなタマに俺は頷きながら言った。



「分かってる。」





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 2016_03_27






入院して3日。
体調もだいぶ回復し日中も起き上がっている時間が増えた。

熱はほぼ下がったが、まだ歩き回るのは制限がかけられている。
ベッドの上ですることと言えばパソコンを開きメールをチェックするか仕事の資料に目を通すぐらい。

そんな暇をもて余す俺に友香が本を数冊持ってきたが、どれも俺の趣味じゃねぇ。
仕方なく興味のない本をパラパラとめくる俺は、自然と救命センターのフロアで忙しく働いている牧野へ視線が泳ぐ。

牧野と直接触れあえるのは午前と午後の回診時だけ。
そんな小さなことを密かに待ちわびてるなんて自分でも笑っちまう。






「調子はどう?」

午後を過ぎた時間、いつものように聴診器を片手に牧野が近づいてきた。
読みかけの本をパタンと閉じ右手を差し出す。

その俺の手首を軽く握り自分のうで時計の秒針を見つめるこいつ。

「熱は計った?」

「37度6分」

「胸の音、聞かせて。」

ベッドに起き上がっている俺はそのまま病衣の前を開けると、牧野がベッドに座り聴診器を当てる。
その近い距離にバカみてぇに胸がなりこいつに聞こえるんじゃないかと焦る。

そんな俺の気持ちなんて知らねぇだろう牧野は、俺の手元にある本を見つめて言った。

「珍しい本、読んでるね。」

「あ?……ああ、暇潰しだ。」

「それにしては進んでないようだけど?」

最初の10ページほどしか読み進めていないそれを見てそう言う牧野。

「俺の読むジャンルじゃねーから、全然進まねぇ。
西田が、入院中は仕事もセーブするって言いやがってパソコンも持っていきやがったから、これしかねーんだよ。」

思わずそう愚痴る俺に、
「相変わらず有能な秘書ね。」
とからかうように言い、

「この機会に、ゆっくり休んで。」
と、立ち去ろうとする。

そんなこいつに俺は、
「牧野、」
と呼んでいた。

「ん?」

咄嗟に呼び止めたものの、言葉に詰まる。
ただ、こうして普通に会話が出来て、その時間が続けばいいと願っただけ。

「あのよ、……シャワーに入りてぇんだけど。」

そう苦し紛れに言った俺に、
カルテを見ながら真剣に考える牧野。

「熱があるからほんとはやめた方がいいけど、でも入院してから入ってないんでしょ?」

「ああ。」

「体は拭いてもらった?」

「拭いてやるって看護婦が来たけど断った。
んなこと、他人にしてもらいたくねぇ。」

そう言うと、少し考えて
「シャワーはやっぱり無理。」
と言ったあと、

「彼女が来たら手伝ってもらったら?」
と言う。

「あいつも他人だ。」

「婚約者でしょ。」

「そんな約束した覚えねーよ。
あいつが勝手に、」

そう続ける俺に、
「ストップ」
と俺の話を止め、

「あとでタオル持ってきてあげる。
明日には特別室に移れるから、そしたら部屋のシャワーを使って。
今日のところは熱もあるし、我慢して看護婦に手伝って貰いなさい。」
と、言い切るこいつ。

「おいっ、」

「大きな声出さないで。
他の患者さんに迷惑でしょ。
医師の指示には従うように。」

牧野は俺に人指し指を突き付けてそう言ったあと、 俺のベッドから立ち去った。






夕食後、看護婦が熱い蒸しタオルを持って体を拭きにやってきたが、もちろん断った。
タオルだけ受け取り、着替えをするついでに上半身裸になり自分で軽く拭いていると、ベッドのカーテンが少しだけ開かれ牧野が顔を出した。

「看護婦が困ってたわよ。
凄い恐い顔で『触るな』って言われたって。」

「あたりめぇだろ。
ただでさえ熱でだりぃのに、ギャーギャーうるせぇ奴らに近付かれたくねぇ。」

「逆効果みたい。
あんたが凄んだおかげで、クールで素敵って更に騒がれてるわよ。」

カーテンから顔だけ覗かせてそう言うこいつ。

「牧野、そこに立ってないで暇なら手伝え。」

「暇じゃない。」

「それでも医者かよ。
熱のある患者が一人で体拭いてんだぜ?
肺炎が悪化したら訴えるぞ。」

そう言ってやると、じっと俺を睨み付けたあと渋々カーテンからこっちへと近付いてくる牧野。
そしてタオルを一枚取り俺の背中へ回ると、何も言わずその温かいタオルをゆっくりと背中へ乗せた。

「…………。」

「…………。」

「……道明寺、あんた少し痩せた?」

「……かもな。」

「元気……だった?」

「おまえは?」

「うん。」

牧野がどんな表情で話してるのかは分からない。
でも、こいつの声は優しくて迂闊にも目の奥が熱くなる。

「…………。」

「…………。」

「牧野、」

「会えてよかった。
あんたがどうしてるか少しだけ気になってたから、…………会えてよかった。
ちゃんと、幸せそうでよかった。」

「牧野……」

「明日、特別室に移ることが決まったから、最後に挨拶に来たの。
こんなところで再会するとは思ってなかったけど、あんたと話せてよかった。
元気でね。
もう入院なんてするような無理しちゃダメだからねっ。」

そう言って俺の背中にシャツを被せ、
「じゃあ。」
と、そのままカーテンから出ていく牧野。




あいつがいなくなったあと、俺はそのままゴロンとベッドに倒れ込み、フロアの広い天井を見つめたまま動けなかった。




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 2016_03_26







牧野と友香の兄が…………。

それは牧野が『牧野』という名字でいることに少しだけ安堵した矢先の出来事で、うまく頭が付いていかなかった。

友香の、
『兄は牧野にデレデレだ。』
という言葉に照れるように笑ったあいつの顔が忘れられない。

所詮、俺は過去の男だということぐらい分かってる。
でも、…………嫌いになって別れた訳じゃない。
納得してあいつを手離したはずなのに、……辛い。


今日も定時に回診にくる牧野。
いつものように、脈を計り胸の音を聞く。

「さすがに体力だけはあるみたいで回復が早いわ。
これなら明日にも病棟に移れそう。
病室のことは彼女と相談した?
特別室はいつでも空いてるそうだから、」


明日にはここから出ていく。
そうしたら牧野と会うこともなくなる。
またいつもの生活に戻り、昔を思い出すこともない。

それでいい。
それがいい。


そう分かってるはずなのに、頭とは裏腹に口が開く。

「あのドクターとはどういう関係だ?」

「……はぁ?」

「だから、坂東の兄とだよ。」

「関係ないでしょ。」

聴診器を耳から外しながらそう言ってカルテに何かを書き込んだ牧野は、ふと顔をあげ俺をまっすぐ見つめながら言った。

「そっか。心配なんだ。
婚約者の兄が元妻と付き合ってるのはまずいわよね。
黙ってろってこと?それとも離婚歴は抹消されてなかったことになってるの?」

「おいっ、」

「心配しないで。
余計なことは話さないし、他人の振りをして欲しいならそうするから。」

一方的にそう告げて立ち去る牧野。

そんなあいつの後ろ姿を見つめながら思う。
おまえが俺に怒ってるのはしょうがねぇ。
それだけ俺はおまえに酷いことをした。
弱ってるおまえを更に突き落とすようなことを言って別れたあのときのことを思いだし、
深くため息が漏れる。




高校で牧野に出会いすぐに俺は恋に落ちた。
ババァの反対に合い、交際は一筋縄ではいかなかったが、それがかえって俺たちを燃え上がらせ、2年の交際を経てババァを降参させ結婚に至った。
俺がちょうど二十歳の時だった。
牧野さえいれば他に何も要らないと思うほど俺にとってあいつが一番で手放すなんて考えもしなかったが、俺たちを取り巻く環境は最悪だった。

若くして結婚した俺たちに周囲の目は常について回り、特に牧野の家庭環境はやつらのかっこうの噂話になった。
『気にするな』
俺がどれだけそう言っても、常に一緒にいてやれる訳じゃない。
牧野への攻撃は俺のいないところでエスカレートした。

それに加え、親父が過労で倒れた。
株価が急落し、縮小せざる終えないビジネスも増え、ババァと俺も連日慌ただしい日々が続いた。
日本を離れNYで過ごす時間も増え、牧野の側にいてやることが出来なかった時間、あいつは必死に一人で絶えた。

英徳出身で今は医学部に在学中だが、実家は平凡なサラリーマン。
家柄と財産、地位を最重視する世界では、道明寺つくしになっても所詮牧野は『庶民』として扱われ、辛い日々を送った。

あの強気で意地っ張りで鈍感な女が、
周囲の目を気にし邸に引きこもるなんて誰が想像しただろうか。
パーティーにはいつも俺と同伴していたのに、それがしなくなり、学校にも行けなくなった。

そして、更に追い討ちをかけたのは『跡継ぎ』問題だった。
精神的に辛い日々を送ってた牧野は、月のものが来なくなっていた。
病院にも通い食事にも気を付けていたが、気にすればするほど追い込まれていく。

結婚して2年、妊娠どころか子供が生めない体だと密かに噂される日々。
道明寺の嫁として相応しくないと、何度も俺の耳にまで入ったということは、あいつにはそれ以上だったはず。

それでも、俺はそのままの牧野で十分だった。
家柄なんてどうだっていい。
子供が生めなくたって関係ねぇ。
牧野さえいてくれれば…………。


でも、そんな俺に牧野の親父さんが会いに来た。
そして、深々と頭を下げて泣き、詫びながらお願いされたのだ。
『つくしを楽にしてやってくれ。』と。


幸せにすると誓った結婚。
それなのに、俺と一緒になって2年、あいつは笑わなくなった。

『つくしをどうか楽にしてやってください。』
親父さんのその言葉が俺の胸を締め付けた。

俺と離れることで牧野は今までのように笑えるのか。
芯が強くて生き生きとした元の牧野に戻れるのか。

何ヵ月も悩み、そして俺が出した結論は、
『別れ』だった。



未練が残らねぇように、
自分を責めることがねぇように、
そして、
俺をきっぱり忘れられるように、

牧野へきつい言葉を放った。

『おまえとは価値観が違う。
俺の世界におまえは付いてこれねぇ。
お互い目を覚まそうぜ。』




後悔はしていない。
あの別れが牧野にとって一番いい選択だったと俺は今でも思ってる。

でも、あいつに最後に泣きながら言われた言葉を今でも時々思い出す。


『あたしがお金持ちでどこかのお嬢様だったら良かったの?
……酷い男。』




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 2016_03_25






入院して二日目。
だいぶ楽になったとはいえまだ咳と熱は続いている。

仕事はババァに任せた。
さすがに、倒れるほど俺を酷使した自覚があるのか『ゆっくり休養しなさい』との言葉付き。
タマは相当心配してるようだが面会には来なくていいと伝えた。

なぜなら…………、
牧野がいるから。

目をつぶり昔のことに記憶が飛びそうになったとき、俺の手首に誰かが触れた。
その瞬間、目を閉じていても分かる。牧野だ。

脈を計っているようでそっと手首を握ったまま30秒。
そしてこいつが手を離す直前、俺は言っていた。



「……元気だったか?」

その声にビクッと手を離す牧野。

「起こしちゃった?ごめん。」

「いや、寝てなかった。」

「……そう。
少し胸の音聞かせてもらっていい?」

そう言ってベッドの端に座り、俺の病衣の前を開くこいつ。
ゆっくりと聴診器を当てる間、俺は7年ぶりの牧野をじっと見つめた。

「医者になったんだな。」

「…………。」

「元気だったか?」

「…………。」

「牧野、」

返事のないこいつに、それでも話し続ける俺に、

「胸の音聞いてるときは話さないっ。」
と、怒りながら言い、

「はい、もういいわよ。」
と、病衣の前を乱暴に直した。

「相当無理したようね。
肺炎が酷い状態だから当分熱も下がらないと思うけど、薬が効いてくるから少しずつ楽になってくるはず。」

「どれぐらい入院になる?」

「んー、」

俺の問いに、カルテを見ながら牧野が考え始めたとき、

「おはようございます!」
と、明るい声がベッドに響く。

「司さん、具合はどう?」
そう言って、昨夜遅くに帰っていった友香が朝から顔を見せた。

「来なくていいって言っただろ。」

「私がおとなしくそれを聞くと思う?」

「……思わねぇ。」

思わずそう呟くと、フフっと笑いベッド脇の椅子に座る友香。
そして、牧野に向かって言った。

「司さんの具合はどうですか?」

「……はい。順調です。」

「良かったぁー。」

無邪気に喜ぶ友香を見て、牧野が少しだけ顔を緩め俺と友香に向かって言った。

「もう何日かして状態が安定したら病棟の方に移ってもらいます。
ご希望があれば特別室などお部屋も選べますので、ご家族と相談して決めてください。」

『ご家族と…………』
その言葉を俺と友香に放つ牧野。
以前はおまえと家族だったはずなのに……。

そんな小さなことにも、いちいち胸が痛てぇのは
肺炎のせいなのか、それとも……。


軽く頭を下げて、牧野が俺の前から立ち去ろうとしたとき、牧野の後ろから長身の男が現れた。

「どう?具合は。」
その声に振り返った牧野は、

「坂東先生。おはようございます。」
と頭を下げるのと同時に、椅子に座る友香が叫んだ。

「お兄ちゃんっ。」

友香のその言葉に、男と友香を交互に見つめる俺と牧野。

「……お兄ちゃん?」

牧野のその呟きに、

「これは坂東友香。俺の妹。
道明寺さん、はじめまして。
妹がいつもお世話になっています。
ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。」

と、深く頭を下げる坂東ドクター。
そして、今度は友香に向けて予想もしてなかったことを言った。


「友香、こちらが前に話した牧野先生。
会いたいって言ってただろ?
こんなところで紹介することになるとはな。」

その言葉に困惑ぎみにドクターを見つめる牧野を見ながら友香が笑いながら言う。

「もしかして、兄の意中の牧野先生?
兄がお世話になっています。
もう、牧野先生の話をするときの兄はデレデレなんですよぉー。」





俺と友香。
友香の兄と牧野。

7年ぶりの再会は、昔の記憶と同じく
苦いものになりそうだ。





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 2016_03_24






聞き慣れない機械音と複数の人の声に違和感を感じながら瞼を開けると、眩しさに目がくらむ。
薄目を開けてもう一度周囲を眺めてみてやっと自分のおかれた状況が分かり始めた。

病院か…………。

数日前から体調が悪かった。
アラブを中心に二週間の出張を終えて帰ってきたあと、咳が止まらなかった。
そのうち、ゼェゼェーと変な呼吸音がするようになり気になってはいたが、終わらせなきゃなんねー仕事があったから無理をした自覚はある。

大きく息を吐くと、昨日まであった胸の痛みが幾分和らいでいる。
固いベッドの上で伸びをしてみると、それに気づいたのか看護婦が近付いてきた。

「道明寺さん、気が付きました?」

「……あぁ」

「昨夜、自宅で倒れたようで救急車でここに運ばれました。
あとで担当医から病状の説明がありますので、少しお待ちください。
あ、それと、付き添いのかたもお見えになっていますのでお呼びしますか?」

看護婦からそう聞かれ、タマでも来てるのかと思い返事をすると、それからしばらくしてベッドに現れたのは友香の姿だった。

「司さん、大丈夫?」

「なんで、おまえ?」

「携帯に電話しても繋がらないから邸にかけたらタマさんからここに運ばれたって聞いたの。
無理しないでってあれほど言ったのに聞かないからこんなことになったのよ。
少しは反省してください。」

そう言って口を尖らす友香は俺より4つも年下だからか時々こういう子供っぽい仕草をする。

「おまえはもう帰れ。」

「やだ。
あたしも司さんと一緒に帰る。」

「俺は会社に寄るから……」

「仕事なんて出来るわけないでしょ。」

俺の話なんて最後まで聞かずにそう言って、ベッドの側にある椅子に座り込む友香。

そのとき、さっきの看護婦が近づいてきて、
「医師から説明がありますので。」
そう言うと、もう一人の奴がカルテを見ながら俺の横に立った。

そして、
「道明寺 司さんですね。」
と一言。

その声に、俺の全身にビリリと電気のような衝撃が走った。

ベッド脇に立つ医師の顔を確認すると、マスクで隠されているが、その顔は間違えるはずもない。
凝視する俺の視線も無視して
「まず、病状の説明からします。」
と、淡々と話を進めるこいつ。

だが、友香の存在に気付き、
「あの、病状説明のときはご家族のかた以外は席をはずして頂くことになっていますので、」
と、軽く頭を下げたとき、友香が言った。

「あ、大丈夫です。
私、彼の婚約者なので。」

その言葉に、今まで目線を合わせなかった牧野が俺のことを見た。

「……そうですか。分かりました。
では、説明に入ります…………」


病状の説明に入る牧野の言葉は俺の耳にこれっぽっちも入ってこなかった。
あとから友香に聞けば、ウイルス性の病気ではなく、風邪をこじらせ肺炎が悪化したようで、しばらく入院になるらしい。

牧野が説明を終えて離れていったあとも、俺は固まったまま動くことが出来ずにいると、

「でも、この病院でよかったぁ。」
と、俺の気持ちとは正反対の言葉を呟く友香。

「何でだよ。」
そう聞くと、

「兄がここのドクターなの。
確か、救命センターで働いてるからここにいるはずなんだけど、休憩時間かなー。」
と、辺りをキョロキョロ見回している。

俺もそれにつられて仕切りのない広い救命センターのフロアを眺めると、そこには医師として働く7年ぶりに再会したあいつの姿。


立派に医師として働いてんだな。
元気だったか?



昔の苦い記憶が頭をよぎり、牧野から視線をそらすと俯いてため息が漏れる。
そんな俺に、

「辛い?」
と、心配そうに声をかける友香。

「いや、……そうじゃねぇ。」
俺はそう呟いて、再び視線をあいつに向ける。



昔、好きで好きで堪らないほど惚れた女。
つくし…………と何度も甘い声で囁いた記憶がよみがえる。
たった2年の結婚生活は呆気なくピリオドをむかえ、それからもう7年。

別れてから1度も会うことはなかった俺たちなのに、何の運命のイタズラか……。
手放して諦めたはずのあいつに、たった一回会っただけでこんなにも胸が激しく鳴る俺は、




まだ牧野に囚われているのだろうか。





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 2016_03_23







ビビビビビーーーーー。


もうすぐ日付が変わろうとする時間、病棟に緊急を知らせるけたたましいアラームがなった。
それと同時に、
「緊急要請、緊急要請、」
と、続く妙に冷静な声。

もう4年近くこのアラームを聞いているのに、未だに慣れることはない。

「牧野先生、熱傷2度の患者さんの受け入れ要請が来ていますが、どうしますか?」

ナースのその言葉に病棟全体に目を向けたあたしは、
「無理かも。他当たってもらって。」
と返すと、流れる汗を白衣の袖で拭いながら次の患者へと急いだ。





今日はいつになく運ばれてくる患者が多い。
救急センターで働くようになって4年、仕事のスピードは上がっても、それでも東京のど真ん中にあるこの救急センターには抱えきれないほどの患者が列をなしている。

そんな患者の受け入れを拒まなければならない現実に嫌気が差すこともあるけれど、
あたしの力で救える命はひとつでも無駄にしたくない。
そんな思いで、寝る間も惜しんでこの場に立つ毎日。


「牧野先生、手が空いたら坂東先生の応援お願いします。」

「了解、これが終わったらすぐ行くから、先にこれ血液検査に出しておいてくれる?」

「分かりました。」

息の合ったスタッフと信頼できる同僚に恵まれ充実した仕事をしているあたしは、
あの頃とは違い、強く逞しく一人で歩く力を手に入れた。

あの弱くて何も出来なかった自分は今はいない。
もう、あの頃のことは思い出すこともない。
思い出したくもない。
そう思っていたはずなのに……。




「緊急要請、緊急要請、
20代男性、自宅で倒れているのを発見。
数日前から熱と咳あり。
海外への渡航歴からウイルス性の感染も考えられるためそちらのセンターに受け入れ願います。」

救急隊からの深夜のコール。

「隔離室、すぐに用意して。」
とスタッフに頼むと、思わずため息が漏れる。
そんなあたしに、

「牧野先生、休んでおいで。
もう交代の時間だよ。」

と、優しく言ってくれる坂東先生。

「でも…………、」

「今、牧野先生が休んでくれないと朝交代する俺が困るから。ね?」

そう言われると断れない。

「……はい。じゃあ、少し寝てきます。」

そう言って坂東先生の優しさに甘えることにしたあたしは数時間の仮眠をとるため当直室へと向かった。


翌日、数時間寝てすっきりした体で病棟へ向かったあたしは昨夜救急で運ばれてきた患者のカルテに目を通しながら、一人一人状態を確認していく。

昨日あれから運ばれてきたのは3人。
寝ぼけて誤って階段から落ちた老人と、熱性痙攣の発作が起きた幼児。
どちらももう応急処置を済ませ状態は落ち着いている。

残るは、隔離室にいる20代の男性。
カルテに目を通す前に、隔離室に入るための防御服に袖を通し、患者のそばまで来たところで、
あたしの動きは完全に止まった。

「牧野先生?」

スタッフに声をかけられてはっと我に返ったあたしは、手の中にあるカルテを慌てて開く。


患者名……道明寺 司


久しぶりに見るその文字列に、心臓が痛い。


7年ぶりだろうか。
クルクルの頭も艶のいい肌もバカがつくほど長い手足も昔と何一つ変わっていない。

それでも、あたしたちには7年の歳月が流れた。

今目の前で眠っている男は、
かつてはお互いを下の名前で呼び合う仲だったのに。


「牧野先生、お知り合いですか?」

道明寺を見つめたまま動かないあたしにスタッフが聞く。

「ううん、」

そう答えたあたしは、心の中で

『元旦那』
と呟いていた。





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 2016_03_22




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