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せっかく婚約が決まったって言うのに、休みの日までなんだかんだ仕事が入っていて、牧野とゆっくり過ごすことも出来てねえ。

先週は牧野の実家に挨拶に行ってきた。
事前に話はしてあったが、牧野の両親はただただ驚くばかりで、俺の話も上の空だ。

とにかく、
「仕事が落ち着いたら、籍を入れたい。
式は身内だけでしたいと思っている。」

そして、一番大事なこと、
「一生、つくしさんを幸せにする。」

それだけを精一杯伝えると、帰り際牧野の両親が俺の手を強く握り、深く頭を下げてきた。





結婚に向けてまだまだやらなきゃいけねーことがたくさんあるのに、連日遅くまでオフィスに縛られててプライベートな時間が取れない俺たち。

毎日、寝る前のラブコールだけが唯一プライベートな牧野の声を聞けるときだ。

「牧野、寝てたか?」

「ううん、起きてたよ。今帰ってきたの?」

「ああ。」

「最近、すごく仕事詰め込まれてるね。
なんか西田さんに恨まれるようなことしたの?」

「してねーよ。
はぁー………おまえが起きてるなら、そっちのマンションに行けばよかったな。」

「ふふっ、あと数時間したらまた会社で会えるでしょ。」

「それが我慢出来ねぇくらい会いてぇんだよ。
早く、俺の嫁になれ。」

「はいはい。もうすぐだから。」



毎日、そんな会話でエネルギー補給するしかねぇ俺は、今日も相変わらず仕事に追われていた。
マジで、『西田さんに恨まれるようなことしたの?』という牧野の言葉が当たってるんじゃないかと思えるぐらい、分単位でスケジュールが詰まっている。

午前中のスケジュールをなんとかこなした所に、西田が書類を持ってオフィスに入ってきた。
また追加のスケジュールか?
そう思った俺に、西田は書類を渡して言った。

「来週のスケジュールがほぼ確定しましたのでご確認を。」

そう言って渡された日程表を見ると、それはいつものとは違い空欄が多く見られる。
特に、週末の3日間はほぼオフだ。

「…………。」
言葉もなくただ見つめる俺に、

「急ぎの案件は今週で片付きますので、来週は少しゆっくりしていただけます。
副社長も何かとプライベートでお忙しいはずですので、そちらに時間を割いてください。
それと、……遅くなりましたが、これ。」

そう言って俺のデスクに二枚の紙切れをおく西田。
「牧野さんが行きたがってたミュージカルのチケットです。
ささやかですが婚約のお祝いに。
…………副社長、この度はご婚約おめでとうございます。」

そう言って深く頭を下げる西田。

「おう、サンキュ。
西田、これからもよろしくな。」

「はい。こちらこそ。」

少しだけいつもの鉄火面が笑ったような気がしたが、それをたしかめる間もなく扉に向かう西田。
そして、部屋を出る際、

「牧野さんはさきほど社食に向かいました。
ミュージカル、今日の6時からですので遅れないように。」
そう言い残して出ていった。

手の中の紙切れを確かめてみる。
開演は今日の6時。
俺は急いで社食に向かった。







3度目の社食。
相変わらず、入り口に背を向けて、社食の中央あたりに座っている牧野。
俺はコーヒーだけを持ちあいつに近付く。


「今日は弁当じゃねーの?」
突然の俺の問いにビクッと肩を震わせて振り向く牧野を横目に俺は隣に座った。

相変わらず他の社員たちが俺を見てキャーだのウソーだの騒いでいるがもう慣れた。

「どっ、副社長、どうしたんですか?」
秘書モードの牧野。

「俺も昼休憩。」

「…………何か食べます?」

「おまえのそれ何?」
俺は牧野のプレートにのってる見たこともねぇ食べ物を指差して聞くと、

「ロコモコです。」
意味不明な答え。

「ロゴモコ?」

「ロコモコ。社食の人気メニューですよ。」

「へぇー。…………食わせろっ。」
牧野からスプーンを奪いそのまま一口くちにいれる。
皆が見てる前でそんなことをすれば牧野が慌てるのは想定済みだ。

案の定、顔を赤くして俺を睨んでくるこいつ。
そして、
「返してくださいっ。もう信じらんない。
バカっ仕事中でしょ。」
俺にだけ聞こえる声で牧野の抗議が続くが、久しぶりに二人でする会話にすげーあったかくなる。

「なに、ニヤニヤしてんのよ。
暇なの?西田さんが探してるんじゃない?」

「おまえにいいものやろーと思って。」
そう言って牧野の前にミュージカルのチケットを置いてやる。

「えっ!!これって。
すごい、どうしたの?もうチケット完売したって聞いたけど、いつ買ってたの?」
興奮してすっかり敬語も忘れてプライベートモードのこいつ。

「今日の6時からだ。行けるか?」

「うん。もちろん。
……え?道明寺も行けるの?」

「あたりめーだろ。誰と行くつもりなんだよおまえは。」

「でも、仕事が……」


その時、俺の携帯が鳴る。
西田からの呼び出しだ。

「わりぃ、戻るわ。
会社からそのまま行くから、用意しておけよ。」


俺は立ち上がって、軽く牧野の頭を撫でてやると、周りの目が痛いほど俺らに突き刺さってくるのがわかる。
今日は社内の噂話は俺ら一色だろうな。

そう思うと、天性の野獣魂が騒ぎだし俺を暴走させた。







社食の出口まで来ると、俺は牧野の方を振り返り、


「牧野っ!言い忘れたけど、そのチケット西田からのプレゼントだ。
俺らの婚約祝いだってよ!」







俺の爆弾発言に、社食がかつてないほどの大騒ぎになったことは、ミュージカルが始まってからも牧野から延々と聞かされた。






愛してるぜ、牧野。

Fin



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野獣シリーズ、完結です。
ありがとうございました!



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 2015_02_22





偶然なのか、必然なのか。
運命とは面白いものだ。



1年前、仕事の都合でNYから日本に一時帰国した際、悪天候により羽田に降りることができず伊丹に降り立ったことがある。
いつもならプライベートジェットを飛ばして日本とNY間を行き来するのだが、今回はタイミングが悪く、司と椿が同時期にジェットを使っていたため、久しぶりに民間機を使うことにした。

それが悪かったのか、東京に季節外れの雪をふらせ、大阪に足止めされることになった。
秘書に次の便を手配させたが、明日も荒れる予報で見通しがたっていない。

そこで飛行機は諦めて新幹線を使うことにしたのだが、こちらも満席。
なんとか粘って、やっと手に入れた東京までの新幹線で私は…………彼女に会った。



やっと手に入れた席はグリーン車でもなく普通の指定席。
こんなところに道明寺HDの社長がいるなんて思いもしないだろう。
そんなことを思いながら自分の席を探していると
ひとつだけ窓側が空いている席を見つけた。
そこが私の指定席。
隣には若い女性。

「失礼」そう言って彼女の前を横切って自分の席に座り窓の外に視線を移した私は新幹線が動き出して すぐに目を閉じた。


どれぐらい眠っていただろう。
ふと、隣の物音で目が覚めた。
チラッと彼女を見ると、新幹線が発車するときと同じく、本に夢中になっている。
だけど、さっきと違うのは、彼女の目が赤いこと。

私はそれを見て、
昔のことを思い出した。



「もうすぐラストね。」

「え?」

突然の私の問いかけに彼女は驚いて顔を上げた。
想像よりも幼い顔で、まっすぐに私を見つめてくる。

「それ、私も昔読んだことあるのよ。」
私は彼女の本を指差して言った。

「…………あー、そうですかぁ。」
問い掛けの意味を理解して、ニコッと笑う彼女。




「…………この二人、ラストはどうなるんでしょうね。
あっ、言わないでくださいねっ。
ちゃんと読みますから。
…………でも、幸せになりますよね?」

言わないで下さいって言いながら、肝心のラストを聞いてくる彼女に、

「言ってもいいのかしら?」
そう意地悪く聞いてみる。


「んー、やっぱりやめときます。」

「そうね。」

そうして二人で笑いあった。
こんな風に息子くらいの年齢の子と話すのは久しぶりだった。
しかも、自分から話し掛けるなんて、普段なら絶対にしないだろう。
でも、なぜしたかと言われれば、彼女がこの本を読んでいたから。


「珍しいわね。こんな古い本を若いあなたが読むなんて。」

「……知り合いに薦められたんです。
…………同じような恋愛をしてるから、読んでみたらいいって。」

「同じような恋愛?
もしかして、あなたの彼氏は大富豪?」
そう言って本の設定をそのままぶつけると、

「ふふっ。はい、大富豪です。
本のキャラとは全然違いますけど。
横暴でわがままで自己中な大富豪。」
そう言って照れたように笑う彼女。

「なら、あなたは……」

「ええ。貧乏な彼女です。」


私が若い頃に一大ブームとなったその小説。
大富豪の彼氏と貧乏な彼女の感動的なラブストーリーがヒットしてかなり部数を伸ばしたのを記憶している。
そして、その頃まさにそんなラブストーリーを経験していた私は、この本に何度も涙した。


「あなたはその大富豪とはもう長いの?」

「いえ、付き合って2年です。」

「そう。……結婚は?」

「いえいえ、そんな。
…………あたし、無理だって分かってます。
向こうはほんと半端ない大富豪だし、結婚だって簡単に決めれるような世界ではないと思うし。
だから、…………」

「諦める?」

「いつかは、諦めなきゃと思ってたんですけど………困ってるんです。
時々、彼といると……欲しくて堪らなくなる自分がいて。
この人が普通の人だったら良かったのにって。
あたしとこのまま未来を語れる人だったら良かったのにって。」

「お金持ちの彼じゃなくても構わないの?」

「お金ですか?んー、お金って無ければ無いであんまり不自由しないんですよね。
あっ、これは経験上ですけど。
一応、あたしも社会人なので食べていくくらいの生活費は稼いでるつもりです。
だから、もし彼の家が倒産でもしたら、あたしが養っていくくらいの覚悟はあるんですけど……へへへ。
…………地位もお金も家柄も、全部リセットして、それでも彼が欲しいんです。

…………わぁー、変なことペラペラ話してすいません!
どうぞお休みになってくださいっ。」


慌てて顔を赤くする彼女と、昔の自分がなぜか重なった。
決して貧乏ではなかったけれど、道明寺家と釣り合うほどの家柄でもなかった私。
でも、恋をしてしまった。
どうしても手放すことが出来なかった恋。
それを貫いて今の自分がある。



再び本に没頭し出した彼女とは、別れ際
「健闘を祈るわ。」
そう伝えて別れた。









今、あの時の彼女が目の前にいる。
ほんの少し、大人の顔に成長した彼女が私の息子と並んで立っている。

「お話があります。
昨日、話した通り俺はこいつとの結婚を考えています。
今すぐにとは言いませんが、……認めて欲しい。」

「はじめまして。牧野つくしです。
昨日は……お世話になりました。」


ペコリと頭を下げる様子はあの頃と変わっていない。





だいぶ前から司に真剣に付き合っている人がいることは知っていた。
司からも聞いていたし、事あるごとに椿が『つくしちゃん』とその名を連呼するのを聞き流してきたが、ある時NYの大企業から司の結婚を打診する話が来た。

うまくいけば悪い話ではない。
司の耳に入れようかと思ったが、また機嫌を損ねればややこしくなる。
そう思った私は、長年の付き合いである司の秘書の西田に探りを入れた。

そして、西田からの報告書を見て驚いた。
司と二人で仲良く歩くその女性が、あの時の新幹線の彼女だったから。
『横暴でわがままで自己中な大富豪』
それはまさしく司のことだったのだ。


もう許すとか許さないの問題ではないような気がした。
神様のイタズラか。
もし、これで司と彼女の仲をお金や家柄の問題で引き裂くようなことをすれば、自分の人生まで否定するようなものだ。

それに、彼女のあの言葉は私にとって強烈に響いたから。
『地位もお金も家柄も、全部リセットしてでも、
………彼が欲しい。』










あのときから私は待っていたのかもしれない。
こうして私の前に司と彼女が二人で現れることを。


「牧野さん、あなたとは初めまして、ではないわ。
……これ、きちんと最後までお読みになった?
本も現実も、ラストはハッピーエンドが一番よ。


そう言って私は彼女にあの時の本を手渡した。
渡された本をじっと見つめていた彼女は、はっと顔を上げて、

「もしかしてっ、あの時の!!」
信じられないという表情で私を見る。







「偶然なのか、必然なのかはわかりませんが、
あなたとは縁があるようね。
ビジネスの世界ではそういう不思議な縁が奇跡を起こすこともあるの。
だから、縁は大切にしなくちゃ。

それで?お式はいつにする?」

こうして二人で来たのだから、話は早い。

私の突然の問いかけに


「えっーー!!」
「えっーー!!」


重なるように叫ぶ二人。



「二人とも、うるさいわよっ。」









『プリンスの恋』
これが、彼女と出会うきっかけになった本の名。




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次で最終回です。


 2015_02_20






この場にババァがいることには驚いたが、それよりもまずは牧野が心配だ。

「牧野に何があった!
怪我したってどうなってんだよっ!」

見たところ顔にも傷はなく、包帯や点滴なども見つからない。

「落ち着きなさい。
彼女は…………寝ているだけです。」

「…………あ?」

「転んだ弾みで頭を打ったようですが、その後の検査で意識障害も記憶障害もないそうよ。
…………お疲れなのかしら。肝が座ってるわ。
私が来てからもずっと寝てるわよ。」

牧野を見て軽く笑いながら話すババァ。


「どうしてババァ…………おふくろがここにいるんだよ。」

「どうしてかしら。私が聞きたいわ。
地元警察から直接オフィスに電話が来て、娘が
事故にあって病院に運ばれているからすぐに来てほしいって。
もちろん椿の事だと思って慌てて来たわ。
そしたら、寝てるのはこの子。」

ババァの言ってることに嘘はなさそうだ。
どうなってる?なぜババァに連絡がいった?

その謎が解けたのは、ちょうど牧野の所持品を届けに来た警察官の話だった。

「メトロポリタン美術館の前で老婦が引ったくりにあいまして、たまたま通りかかった彼女がその犯人を捕まえようと近付いたそうです。
幸い老婦の鞄は取り返しましたが、犯人が逃げる際、彼女に体当たりしたようで、そのまま転倒し頭を打ったようです。
軽い脳震盪を起こしていましたが、その後の検査では異常は見つかっていません。」

「ったく、バカ女。
あれほどウロウロするなって言ったのに。
…………で、なんでおふくろのオフィスに連絡がいった?」

「それは、彼女の所持品はセカンドバッグだけだったので、その中を調べましたが身元がわかるようなものがほとんどありませんでした。
唯一、道明寺HD日本支社の社員証が見つかったのでそちらに確認しましたら、牧野つくしは道明寺家の大切な方なので至急、NYの支社に知らせるようにと。
それで、こちらとしましては、ちょっと勘違いをしてしまいまして…………。
この方が道明寺家の一人娘の椿さまではないかと早とちりをして連絡をした次第です…………。
大変、申し訳ありません!」

なんとなく事情は読めた。
日本支社に連絡が行ったということは、桜井か佐々木が対応したに違いない。
桜井なら間違いなく、警察官が言ったような対応をしただろう。


「…………事情はわかった。」
俺はそう言って牧野の荷物を受け取った。

ババァに牧野を紹介するはずが、こんな形で顔合わせをするとは思ってもみなかった。
が、牧野の体に怪我がないと聞いて、全身から力が抜け、その場にあった椅子に深く沈みこんだ。

すると、廊下の方から何やら騒がしい足音が聞こえたかと思ったら、次の瞬間、

「つくしちゃーん!」
と、こんどは半べその姉ちゃんが入ってくる。

「つくしちゃん!何があったの!
死んじゃいやっ!ダメよっ。まだ若すぎる!」
どうやったらここまで勘違いをして取り乱せるんだよ、と呆れるぐらい周りが見えてねぇ姉ちゃん。

「姉ちゃん、落ち着けっ。
牧野は…………寝てるだけだ。」

「へ?」

そこからは、さっき俺が聞いた話を繰り返す。


話し終えた俺らにババァが口を開いた。
「どうやら、あなたたちはこの子と仲が良さそうね。
私だけかしら、はじめてなのは。」
意味ありげな顔で俺を見るババァ。

「…………ああ。
その事だけどよ、明日、おふくろに牧野を紹介するつもりでこいつをNYに呼んだ。」

「紹介?」

「ああ。…………俺たち付き合ってる。
3年前から真剣な交際をしてきた。
そろそろ将来に向けた……」


俺がそこまで言ったとき、

「んーはぁー。…………あれ?道明寺?」





牧野が起きた。
どこまでも空気が読めねぇし、どこまでもタイミングの悪い女。

「つくしちゃーん!お・め・ざ・め?」

ニヤニヤ顔の姉ちゃんと

「あっ、はい。寝ちゃってました?あたし。
っていうか、えっ!あのーっ、えっ!…………
はっ、はじめまして、………牧野つくしです!」

ババァの存在に気付いて慌てて挨拶する牧野。



最悪の顔合わせとなった今日。
どうすんだよ、俺。
そう自問自答したとき、珍しいもんを見た。






「仕事が残ってるので、私はこれで。
司さん、明日オフィスで待ってます。」



そう言ったババァの顔が…………笑ってた。







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 2015_02_19






そろそろ牧野から連絡が来てもいい時間。
何度も携帯を確認するが、一向に鳴る気配もない。


予定通りなら1時間前に飛行機が到着してる時間。
その足で、タクシーに乗り市街に出てきているはずだから、そろそろか。


俺は市街から少し外れた関連企業に視察に来ていた。ロケットエンジンや精密部品など宇宙開発関連の製品を幅広く扱う会社のため、地下施設に入り込むと携帯の電波が届かねぇ。

「西田、そろそろ牧野から連絡が入るかもしれねえから入ったら場所だけ聞いといてくれ。」
そう言ってプライベートな携帯を西田に預けて地下に入った。

そのあとは1時間ぐらい施設を視察して地上に出たが、まだ牧野から連絡はなかった。

「何やってんだよ、あいつ。
携帯も繋がらねぇし。」
次第にイライラしてくる俺に、

「牧野さんのことですから観光に夢中になってるんでしょう。
もう少し待ちましょう。」
西田が冷静に切り返す。





そして、それから3時間。
相変わらず牧野からの連絡はねえ 。
冷静に……と言っていた西田でさえ少し落ち着きなく見える。

「西田、空港警察に連絡してくれ。
牧野が確実に入国したか、そのあとどこに向かったか調べろ。」

「はい。すぐに取りかかります。」


道明寺の名前を出しても、すぐに調べて貰えるとは思わないが、今はその手段しかねえ。
イライラしながらもNYのオフィスで時計と携帯ばかり見つめる俺。


そして時刻は夜8時。
牧野がNYに付いてから6時間経過した頃、
西田の携帯に日本から一本の連絡が入った。

桜井からだと言う携帯に出た西田の顔色がみるみる青ざめていく。

「何があった?」
必死に冷静さを保ちながら聞く俺に

「牧野さんが怪我をしてNYの病院に運ばれたそうです。
事故で携帯もダメになったようで今まで連絡が付かなかったそうですが、鞄に道明寺の社員証が入ってたことから日本支社に連絡が来たそうです。
…………副社長、しっかりしてください!
病院にすぐ向かいますね。」


人は思いもよらない出来事が起こると、一旦思考が停止するらしい。
怒りや悲しみや悔しさを感じる前に、無になって何も考えられなくなった俺。
いつも冷静な西田が怒鳴るように俺に声を荒げたことで、俺の能がまた動き出した。



「行くぞ。西田。」









運ばれた病院は幸いなことにNYシティでも1、2を争う大きな総合病院だった。
事故にあって怪我をした……それだけの情報しかない俺ら。
考えれば考えるほど、嫌な想像が頭をよぎる。
車に揺られながら、情けねえほど体が震えて、必死に自分で自分の体を押さえつけた。



病院に着いて、居場所を知るため牧野の名前を出すが受付のやつもナースもみんな首を傾けてわからないと言う。

「ふざけんなっ、今日ここに運ばれてきたって聞いたんだぞ。事故で怪我したっていう日本人だ!
すぐにわかるだろーがっ。
ったく、早く探せよ!俺を誰だと思ってるんだよっ、道明寺だぞ!牧野に何かあったらおまえら許さねぇからなっ。」

自分でも幼稚だと思ったが、イライラの限界で暴言が口から出てくる。
が、その時、俺の言葉にさっきまで対応していたナースが手を止めて俺を見て聞いた。

「もしかして、道明寺様ですか?」

「ああ。」

「それでしたら、こちらです。」

急に合点がいったようで、俺をエレベーターに乗せて病室に急ぐナース。
そして示された部屋はどうみてもかなりのグレードの特別室。

俺は促されるまま部屋を開けると、
ベッドに横たわり眠る牧野の姿。
そして、その横には椅子に座って書類をめくる





ババァの姿があった。






「どういうことだよ。」
目の前の光景が理解できずに聞く俺に、



「それは私の台詞です。」
そう話すババァ。






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 2015_02_19






牧野の『義務』という奨学金返済も終わった頃、俺にNYへの出張が決まった。
取引先の企業、工場への視察もかねて期間は3週間。


このチャンスをいかさないわけがない。



「西田、今度のNY行きだけどよ、誰が付いてくる?」

出張には必ず秘書の一人が付いてくるはずだが、そのほとんどが西田か桜井だ。

「……と言いますと?」

「おまえか、それとも桜井か?」

「……私の予定ですが。」

「…………最後の1週間だけでもいいから、牧野と変えられねーか?」

「……と言いますと?」

「だから、……そのぉー、……いい機会だと思ってよ。ババァに牧野を紹介する……。」

俺の言葉に一瞬固まった西田だが、すぐに
「もう予定が組まれていますので、無理かもしれません。」
そう答えが帰ってきた。

予想通りと言えば予想通りの返事だ。

「わかった。」
俺はそれだけ答えて、次の手段に頭を切り替えた。

たしかに、先日渡されたNY出張のスケジュールにはほとんどプライベートに割く時間はなかった。
それに、牧野が同行したからといって、ババァがタイミングよくNYにいるとは限らねぇ。

もう少し、時間をかけて顔合わせのタイミングを練った方が良さそうか……。

そう考えて1週間。
出張まで3日となった午後、

「副社長、NY出張のスケジュールに変更がありましたのでこれを。」
そう言って西田が持ってきた書類を確認すると、出張の行程の最後の2日間だけスケジュールが白紙になっている。

「なんだ?まだ決まってねーのか?」

「いえ、その2日間は予定が空きましたのでご自由にお使いください。」

「…………あ?どういうことだよ。」

「そのままの意味です。
ちなみに、牧野さんもその日は有給を取らせますので自由の身です。
…………あっ、もうひとつ。
楓社長もその日はNYに滞在しております。」

相変わらず顔色ひとつ変えずに話す西田。

「…………おう、サンキュ。
………………っつーか!もっとわかりやすく話せよっ。
休みを取ったから牧野と二人でババァに会いに行けって言えよなっ、西田。
ったく、やることは完璧たけど、可愛いげがねーんだよなーおまえは。」
西田に向かって呆れたように言ってやると、

「2日間、スケジュールを調整するのはとても大変でしたので、どうか失敗しませんように。」
そう言って珍しく笑いやがった。

「おう、サンキュ。」









そうして、NYに飛び立って10日目。
明後日、牧野がNYに来ることになっている。
ババァにははっきりとは言ってねぇけど、会わせたいやつがいるとは話してある。


「牧野、俺だ。」

「道明寺、元気?」

「おう。何してた?」

「荷づくり。」

「おまえ、一昨日電話したときも荷づくりって言ってなかったか?」

「だって、しょーがないでしょ。終わってないんだもん。」

「どんだけ荷物持ってくるつもりなんだよ。
必要なもんはこっちで買ってやるから、あんまり持ってくるなよ。
一人で来んだから、重い荷物にするな。」

「わかってる。けど、着替えとかパジャマとか、飛行機の中で読む本とか、なんだかんだ色々あるのよ。
ねー道明寺、そっちに着いたらメトロポリタン美術館に行く予定だからそこで連絡するね。」

牧野の到着時間にはおれはまだ仕事の途中だ。
迎えのものを空港に行かせると言う俺に、観光しながら俺の仕事が終わるのを待つと言ってきかねぇこいつ。

「ああ。わかった。
ちゃんと空港でタクシーに乗れよ。
一人なんだから、フラフラするな。
着いたらすぐに連絡しろ。
変なやつに声かけられても着いていくなよ。」

「ちょっと、子供じゃないんだから。
それに、あたしだってこの2年、英会話のレッスン受けてるんだから大丈夫よ。」

「はぁーーー。」

「なによ、そのため息は。」

「…………ごめんな、牧野。
ほんとなら俺が迎えに行ってやりてーのに。
それに、急にババァに会わせるって……勝手に決めて悪かったな。」

「…………。」
急に黙り混むこいつ。

「牧野?」

「…………道明寺、あたし頑張るから。
もし、お義母さんに認めてもらえなくても、何度でも頑張るから。
だから、…………」

「牧野、頑張るな。」

「えっ?」

「おまえは、頑張らなくてもいいんだよ。
もし、ババァが俺らのことを認めねえって言っても俺は覚悟は出来てる。
道明寺の名前より、俺にとってはおまえが大事だ。
…………って言いたいところだけどよ、やっぱりそれもマズイだろ。
俺は構わねぇけど、道明寺の数万人にも及ぶ従業員が困る。
俺みたいな次世代を担うリーダーが率いてこそ、やつらも付いてくるわけで、俺がボンビーな秘書と駆け落ちしたってことになったら……」

「わかった!わかったから、それ以上言うなっ。ボンビー秘書とか、信じらんないっ。
とにかく、ダメもとで会いに行くからっ。
ね、じゃあ、NYでっ!」


プッと切れた電話。





バカ女。
俺はな、もうずっと前から覚悟は出来てるんだよ。
おまえを手放すくらいなら、道明寺なんてくそくらえだ。
それぐらいの準備はしてきてる。


俺はいつだって…………
おまえの世界にいく。




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