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牧野から渡されたお礼のカフスピンを受け取ってついこの間まで有頂天になっていた俺は、
今最高に機嫌がわりぃ。

なぜなら、
オフィスに入り、西田から書類を渡された。
それは、先日、俺が西田に頼んで調べさせていた『牧野に関する調査書』

そのラスト1ページのプライベートに関する項目に、気に食わねぇ奴の名前があった。

五十嵐 雅人
マーケティング課の課長だ。

まだ30代に入ったばかりなのに昨年課長に抜擢され将来を有望視されている男。企画やプレゼン能力にかなり長けていて、一般社員ながら俺でもその名前を知っている。

だが、その反面、奴には気になる事がある。
それは総二郎からのタレコミで知ったのだが、
今道明寺が進めている土地の売買案件について、入札ライバルである業者の担当者と何度も一緒にいるところを見かけたらしい。

不正入札や談合といった疑いをかけられてもおかしくない軽率な行動。
もしそれが本当ならば処分もあり得る。

もうすでに監視はつけてあり、調査させている所だが、その男と牧野がここ最近立て続けに2回も食事に行っている。

1度目は他にも数名いたらしいが、2度目はふたりきりで。
五十嵐が牧野を気に入っているのか、それとももう付き合ってる仲なのか…。

朝から腹立つ資料を見せられて機嫌がわりぃ俺。
それをなんとか落ち着かせようと思ってるのに、こういう時に限ってこいつの嗅覚は鋭い。

「司、元気?」

「類っ、どーしたんだよ。」

「昼まで暇だから遊びに来た。」

「……てめぇ、殺すぞ。」


俺の睨みなんて一向に無視してソファに沈み込む類の野郎。
こいつはいつもボケーとしてるように見えて、案外重要な情報を一番に嗅ぎ付けてくる。

俺のオフィスにフラッと立ち寄るタイミングがあまりにも良すぎて、

「何しに来たんだよ。」
と、不機嫌丸出しで聞いてやる。

「司、機嫌悪いね。」

「うるせぇ。
類みてぇーに、朝から暇じゃねーんだよ。」

いつも暇そうにしてやがるこの花沢物産の副社長に嫌味を言っても、

「たまたま今日は午前中が空いただけ。」
と、耳までかかる栗色の髪を弄びながら言いやがる。

そんな類に俺は今日のスケジュールを確認しながら
「俺はこれから会議だ。
おまえと遊んでる時間はねえ。」
と言ってやると、

「オッケー、大丈夫。」
と、ニッコリ笑いながら、
「俺は牧野と少しおしゃべりしたら帰るから。」
と、どこぞの主婦の会話かよっ、とツッコミを入れたくなるような返事が帰ってきた。

「あ?」

「だから、司は忙しいんでしょ?
俺は牧野に会いに来たから大丈夫。
司は仕事しておいでよ。」

「……てめぇ、マジで殺すぞ。」

「司、青筋すごいことになってるよ。」

そんな噛み合わねぇ会話をしている俺たちに追い打ちをかけるように、

コンコン、とドアがノックされ、

「失礼します。」
と牧野の声が聞こえた。



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 2017_12_25




今日は3日ぶりの仕事だ。
いつものように邸へ副社長をお迎えに行くと、相変わらず完璧でスマートな出で立ちに、鞄に忍ばせた小さな小箱が滑稽に思えてくる。

いつ渡そうか。
会社で渡すのも気が引けるから、邸にいるときに…。
そう思って来たけれど、実際はお見送りのタマさんや使用人の方もいて、変な誤解をされても困る。

小箱を取り出す事がないまま目の前に副社長が現れ、
「おはようございます。」
といつものように頭を下げた。

「おう。」
短い返事のあとそのまま車へと乗り込む副社長。

あたしもタマさんに小さく『行ってきます。』と挨拶し副社長の後を追う。


車の中ではいつも通り今日のスケジュール確認をした後、各社の新聞を手渡し副社長はそれに目を通す。

今日も新聞の束から1紙に目を通していた副社長が、目線はそのままであたしに言った。

「もう落ち着いたのか?」

「はい?」

「引っ越し。」

「あー、はい。おかげさまで。
色々お世話になり感謝してます。」

副社長からこの話題に触れらるとは思っていなかったから、あまりに事務的な返答になってしまい、
あぁ、間違ったなぁー、と思った矢先、

「プッ…おまえ、全然感謝してねーだろ。」
と、横目で睨まれる始末。

「し、してます、してます!
ほんとに、感謝してます。」

「嘘くせぇな。思いっきり社交辞令ってバレバレだ。」

「ち、違いますよっ!
ほんとに、
副社長には何から何までお世話になってしまって。
本当にありがとうございました。」

あたしは頭を下げながら、今度は事務的でも社交辞令でもなく素直に伝えた。
それに対して副社長は
「分かればいい。」
と、相変わらず憎まれ口をたたきながら大きく頷き新聞へ視線を戻した。


優しくない男。
優しさが一番似合わない男。

それなのに、ふとした仕草や言葉があたしを包んだり逃したりする。

そんな副社長の横顔をチラッと見たあと、あたしは鞄からあの小箱を取り出した。
そして、
「副社長、これ、今回のことでお世話になったお礼です。」
そう言ってゆっくりと差し出した。

「……俺に?」

「はい。」

「お前から?」

「はい。」

「……。」

無言であたしの手から箱を奪い取った副社長は、お店の人が頼んでもいないのにプレゼント仕様にしてくれた赤いリボンを乱暴にほどき、中を見た。

そして、もう一度、
「俺に?」
と、当たり前のことを聞き返す。

「はい。」




突然のプレゼントなんて、受け取らないかもしれない。鼻で笑われて終わりかもしれない。
そんな予想をしていたのに、
実際の副社長は、



「マジかよ、……すげぇ嬉しい。
マジでくれるんだよな?俺にだよな?」



そう言って、あり得ないぐらい喜んで、
わざとなのか、ってぐらいはしゃいでて、
勿体無いって思えるほど、
綺麗に笑った。



「そんなに、このカフスピン欲しかったんですか?」

「…あぁー、すげぇ、欲しかった。」




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 2017_12_20




新居であるマンションの部屋で、小さなソファに腰を下ろし振り返る。
はぁーーー、怒涛の3日間だったなぁ。


3日前、副社長のご厚意に甘えスイートルームで一晩過ごしたあたしは、会社につくなり西田さんに数枚の資料を渡された。
そこには、マンションの物件がずらり。

「あのぉー、…これは?」

「新しく入居するマンションの候補です。
どれも今日の夜から入れるよう手配してあるので、牧野さんのお好きなものを選んでください。」

そう言う西田さんの言葉がうまく飲み込めないあたしに気付いたのか、少しだけ口元を緩め、

「副社長からお達しがありましたので。
今のマンションではセキュリティに問題がある為、会社のことも考え引っ越しをしていただく事になりました。」

と、突然の引っ越し宣告。

「えっ、えーと、今日ですか?」

「今日です。」

「に、荷物の整理も、」

「業者に手配させますので、牧野さんは今日から3日間有給を使ってください。」

「は?……はい。」

空き巣騒動で3日間お休みしていてようやく職場復帰したというのに、早くも1日目で3日間の有給休暇を取ることになったあたし。

その日の内に引っ越し業者があたしの荷物を手早く新居へと移動し、次の日は契約手続きや住所変更などに追われ、3日目にようやく少しだけ新居に必要な物の買い出しに出ることが出来た。


ソファに深く座り天井を見あげる。
前のマンションより少しだけ広い新居。
家賃は同じだからお得だし、会社からも近い。

2日目の夜、引っ越しが無事に済んだことの報告に西田さんに電話をした際、
「こんないい物件、探して頂いてありがとうございます。」
と、お礼を言ったら、

「副社長のお陰です。」
と、返事が帰ってきた。

「副社長…ですか?」

「そのマンションの経営者が副社長のお知り合いでして、築年数もかなり経ちますので安く借りれる事ができました。」
と、予想外な応えが帰ってきた。

今回のことで副社長にはかなりお世話になった。
普段は横暴で陰険で嫌味な男なのに、
時折優しい所が顔を出す。

「優しさが一番似合わない男なんだよねぇ。」

思わず悪態が口から漏れたけれど、
今回は認めざる負えない。
副社長にきちんとお礼を伝えなきゃ。


そして、3日目の今日、新居の買い物帰りに、普段は足を踏み入れることのないブランド店へ寄り、迷いに迷った末、小さな感謝の印を買ってきた。

テーブルの上に置いてある小箱。
手のひらにおさまるその箱には、あたしの1ヶ月のお給料の3分の一もする贈り物。

男の人にプレゼントを買うなんて初めてで何を買えばいいのか分からなかった。
まして、なんでも手に入るあの男。
こんなもので喜ぶなんて決して思っていないけど、普段からシャツの腕元にカフスピンを付けているのを知っていたから、これぐらいしか思い浮かばなかった。

副社長のことだから、鼻で笑うかもしれない。
それでもいい。
お礼はしたからねっ!そう言って貸しはチャラにしたい。

そう思えば、この出費は安いものよっ。
そう自分に言い聞かせ、ベッドに潜り込んだ。




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 2017_12_19




最近の副社長は少し……おかしい。
面と向かってそう言うと、殺されかねないので胸の内にしまってあったが、

昨夜、牧野さんから電話があり、メープルのスイートルームにいると聞いて『やっぱりな……』と複雑な気持ちになった。

坊っちゃんの秘書になって5年。
副社長と呼ぶようになってもうすぐ1年。
常に、司様の変化には誰よりも敏感に気を配ってきた。

だから分かる。
司様の牧野さんに対するかすかな感情の揺れを。

牧野さんを第二秘書として自分の補佐役に置いたのは彼女が誰よりも適任だと思ったからだ。

仕事上、パーティーなどで女性同伴で出席しなければならない集まりに対して、司様は物凄く嫌な顔をする。
「近寄りたくもねぇ女と行くぐらいなら、欠席する。」
と、いつものわがままが顔を出し、度々手を焼いていたのだ。

だから第二秘書を選ぶ際、仕事上のいざこざを引き受けて貰えるよう絶対に女性にしようと思っていた。
そして、人選で最も配慮した部分は、
司様に好意を持たない女性を選ぶこと。

女性に付きまとわれるのを過剰に嫌がる司様。
秘書であれ少しでも好意がある素振りを見せれば嫌悪感を隠さないであろう。

その点、牧野さんは適任だ。
秘書課に配属された事も予想外だった上、司様の秘書に選ばれたと伝えたときの彼女の反応と言ったら、

今思い返しても笑ってしまう。

相当嫌そうな顔で頭を抱える彼女を見て、ここまで司様を毛嫌いする女性も珍しいと思ったものだ。

だから、彼女の事は心配していなかった。
サバサバとした性格で司様ともうまく接してこれていた。

だが、ここにきて想定外の反応を見せたのは、牧野さんではなく、まさかの司様だったのだ。

時折見せる牧野さんに対する柔らかい表情。
彼女が近付くことに警戒心を表さない態度。

そして、昨夜ご自分のプライベートルームに牧野さんを泊まらせたと知り、私の予想は決定的となった。

司様は、
牧野さんが好きなのだ。

まともに恋愛などしてきていない司様にとって、好きな女性ができるのはいい事なのだが、

相手が良くない。

自分の部下であり、秘書という仕事上のパートナーだ。
その女性に手を付けたと分かれば良からぬ噂が飛び交う。

司様のお立場も守りたいわたしだが、それ以上に牧野さんの事を守りたい。
まじめで真っ直ぐな彼女が、傷付かないように……。

秘書室のデスクに座る牧野さんをチラッと見つめながら、こめかみを強く押した。



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 2017_12_18




朝から調子が狂う。

意識しないようにしようと思っているのに、こいつから俺と同じ香水の香りがして一瞬戸惑った。
そして、俺だけが使えるアメニティをこいつも使ったのかと思うと自然と顔が火照ってくる。

昨夜は早々にホテルから引き上げてきた。
牧野と一緒にいる時間が俺にとって特別だと自覚するには十分な時間だった。  
それと同時に、俺の脳内で警告アラームが鳴る。

こいつは俺の部下だ。
一時の気の迷いで近付く相手としては相応しくない。





オフィスに着くといつものように西田が顔を出す。

「西田、」

「はい。」

「牧野の事だけどよ、」

西田の顔が少しだけ動揺したように見えたが、そのまま続ける。

「今日中に新しい部屋探してやってくれ。
広さや立地はおまえに任せるけどセキュリティに関してだけは厳重なところを頼む。」

「分かりました。」

「それと、……あいつに知られねぇように頼みがある。」

「はい、何でしょう。」

「……牧野に関して、報告書をあげてほしい。」

感情をなるべく滲ませないようにそう言った俺に、眉間にシワを寄せて西田が見つめる。

「理由を伺ってもよろしいでしょうか。」

「まぁ、あれだ。
専属秘書なのにあいつのこと何も知らねぇーし、側近の奴の身辺ぐらい調べておいた方がいいだろう。」

脳内の警告アラームが鳴り響いているのはわかってる。
これ以上深入りしねぇ方がいいのも分かってる。
それなのに、先へ進もうとする自分を止められない。

「早急に取り掛かります。」

と、相変わらず顔色変えずに応える西田に、
「頼む。」
と一言告げ、深く息を吐いた。



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 2017_12_15




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司一筋

Author:司一筋
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