今週末、一ノ宮に返事をする。
牧野がそう言ったあの日から1週間。

たぶん、いや間違いなくあの二人は付き合い始めただろう。

俺には関係ねぇ…と思いながらも、ふと気が緩むとあいつの顔が頭をよぎる。
このイライラから抜け出そうと、仕事を切り上げて都内を車で走らせても、

行き着いたのは、牧野が勤める薬局の前。

バカか俺は……。


しばらく薬局の前に車を止めていると、仕事が終わった牧野が他の奴ら数人と出てくるのが見えた。

軽くクラクションを鳴らすと一斉に俺の方を見る。
もう一度小さくクラクションを鳴らし窓を開けた俺に、すげぇ驚いた顔で牧野が固まり、
慌てて他の奴らに頭を下げた後、小走りで近付いてきた。

「道明寺、あんたこんな所で何してるの?」

「乗れよ。」

「はぁ?なんで?」

「うるせぇ。早く乗れ。
みんな見てるぞ。」

牧野の後方ではさっきの奴らが興味ありげに俺らを見つめている。
それを見た牧野は急いで車に乗り込み、
「とにかく出発して。」
と俺を睨んだ。





飯でも食おうぜ、と誘った俺に、
「そんな暇はない。」と速攻断りやがったこいつ。
コーヒー一杯だけなら付き合うと近くのファミレスで向かい合って座った。

「で?なんか用?」

「……俺が聞きてぇよ。
なんで、おまえなんだよ。」

「は?大丈夫、道明寺?」

コーヒーを一口飲みながら、不思議そうに俺を見つめるこいつ。

「一ノ宮と……どうなった?」

「どうなったって、何が?」

「だから、…付き合い始めたのかって。」

「またそれ?この間も聞いてたけど。」

「どうなんだよ。」

「どうって、……付き合うことになったけど。」

照れくさいのか、窓の外に視線をそらしそう言う牧野が無性に可愛く見えちまう。

「好きなのかよ。」

「はぁ?」

「一ノ宮が好きなのか?」

「あんた、何言ってるの?」

「……一ノ宮のダチとして心配っつーか、
変な女に引っかかってねーか調査中だ。」

咄嗟に出たその言葉に正面のこいつの目が大きく開かれる。

「ちょっと、道明寺にだけは心配されたくないからっ。
一ノ宮さんから聞いたからね、あんた全然恋愛出来ないんでしょ?女の人に興味ないって。
高校の時からあんなに周りにキャーキャー言われてきて、女の子なんて選り取り見取りなのに、なんで恋愛出来ないの?もしかしてこっちの人?」

そう言いながら口の横で手を反らせるこいつ。

「あ?ふざけんなっ。
一ノ宮のヤロー、そんなこと言ってたのかよ。」

「一ノ宮さんもあんた同様、ダチの心配してるのっ。
根は優しくて真面目だって褒めてたよ。
……あたしもそう思うから。あんた、タマさんにはすごく優しいし……大切な人にはきちんと接するんだろうなってあのとき思ったから。」

こいつが言うあのときは、たぶん俺らが出会った高校生の時を言ってるんだろう。

「…おまえ、
だから、俺を好きになったのか?」

「……はっ?」

「おまえ、俺に告ろうとしたよなあの時。」

「……あんた、覚えてたの?」


いや、完全に忘れてた。
この間までは。

でも、牧野が気になりだして俺の頭がこいつでいっぱいになるにつれ俺たちが出会ったあの時期を、思い出していた。

タマが入院する病院で会ったあのとき。
非常階段で類とダンスの練習をしていたあのとき。
俺の邸で開かれたパーティーでのあのとき。

二人きりになった部屋で牧野は俺にたぶん気持ちを打ち明けようとした。
でも、俺はそれを止めた。

俺には興味がなかったから。
こいつの気持ちに応える気持ちはこれっぽっちもなかったから。

だから、言わせなかった。
それ以上、言うなと止めた。

「牧野、おまえあのときの気持ち、」

「っ、あっ、電話。ちょっと待って。」

俺の言葉を遮るように電話を耳に当てる牧野。

「もしもし。……はい、……はい。
今から向かいます。はい、じゃあ後で。」

短い会話で電話を切った牧野の嬉しそうな顔を見ればわかる。
電話の相手が一ノ宮だということは。

「道明寺ごめん。あたしそろそろ行くね。」

「デートか?」

「…ん。」

「牧野、」

「道明寺、あのね、今更だけど一応言っておく。
あたしがあんたのこと好きだったのは昔のことで、だから、そのぉ、一ノ宮さんにはそのこと内緒で。」

そう言ってテーブルに500円玉を置き立ち上がった。



認めたくなかった。
認めないように足掻いた。
でも、やっぱり俺はこいつに惹かれてる。

それを口にできないまま、こいつにシャットダウンされた。
まるで、昔の俺のように。



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 2018_06_09





牧野から入手した携帯番号を前に、仕事が一段落した頃、躊躇なくボタンを押した。

「もしもし。」

「俺だ。」

「……はじめてかけるときくらい、名を名乗りなさいよ。」

「うるせぇ。今日、これから暇か?」

「はぁ?」

「飯、おごれ。」

「……ほんと、信じらんないこの人。」

俺からの電話をひとつも嬉しそうにしねぇおまえこそ、俺的には信じらんねぇと思いながらも、
「迎えに行くからどこにいる?」
と、言ったこともねぇ台詞を口にしている俺。



30分後、牧野を会社近くで拾い、こいつが行きつけだという店へと入った。

こじんまりとしたイタリアンのレストラン。
家族連れやカップルの客で賑わっている。
その中を俺らは店の一番奥へと案内された。

「つくし、仕事帰り?」
と、牧野へ親しげに声をかける店の女に、

「うん、そう。
優紀、今日のおすすめ適当にお願い。」
と、言ったあと、

「道明寺、嫌いなものないよね?」
と、俺に聞く。

「庶民の味はたいてい口に合わねぇ。」

「あんたって人は……。
ここのシェフは本場のイタリアンで何年も修行してきた人だから大丈夫。
こちらはシェフの奥さん。あたしの幼馴染なの。」

「どうも、はじめまして。」

牧野に紹介されて店の女が俺に頭を下げたあと、
「二人で予約って言うから一ノ宮さんとくるのかと思ったのに。」
と、牧野に小声で言うのが聞こえた。

女が店の奥に行ったのを見て、俺は牧野に言う。

「一ノ宮もここの常連か?」

「ん?一ノ宮さん?
一回だけあたしが連れてきた事あるけど、なんで?」

「いや。………気に食わねぇ。」

俺よりも先に一ノ宮と来たことあんのかよ。
っつーか、一ノ宮とはそんなに頻繁に食事に行く仲になってるのか。

「なに、怒ってんの?」

「怒ってねーし。」

「あっそ。
ほら、前菜きたから食べよ。
庶民の食事が口に合わなくても、サラダとチーズくらいは食べられるでしょ?」

俺のモヤモヤした気持ちなんて知らねぇこいつは、サラダとチーズを取り分けた皿を俺の前に置き、いただきまーす!と言いながら手を合わせる。

そんな仕草が可愛いなんて思っちまう俺はバカか。
慌てて目を逸らし、サラダを爆食いしながら考える。

一ノ宮も、こいつのこういう自然体なところがいいんだろうか。
それとも、もっと俺の知らない牧野をあいつは知っていて、そこに惹かれているのか。

「一ノ宮とはどうなった?」

「え?」

「付き合い始めたのか?」

テーブルに置かれたパスタを見つめながらそう聞く俺に、牧野は驚いた顔で言った。

「なんで、それ、」

「…一ノ宮がおまえの返事待ちだって言ってた。 


「一ノ宮さん、そんなこと」

「どーなんだ?もう返事はしたのか?」

聞いてどうする。
そう自分に自問しながらも聞かずにいられない。

「まだ返事はしてない。
今週末、合う予定だから、その時にきちんと返事する。」

「なんて、返事する?」

「それは、……もちろん、オッケーするつもり。」

予想通りの答え。
相手が一ノ宮なら迷う必要もないだろう。

「あいつは、……すげぇいいやつだ。」

「うん。」

「おまえなんかに、勿体無い。」

「ん。」

「大事にしろよ。」

「分かってる。」


こいつはダチが惚れてる女だ。
それに、俺が好きになるような女じゃねぇ。

だから、こいつが一ノ宮と付き合おうが俺の知った事じゃない。
お似合いだ。
あいつなら、牧野も文句なしの相手だ。

「道明寺、それ、食べないの?」

「あ?」

「パスタ……すごいことになってるけど。」

俺のフォークにげんこつ大くらい大きくグルグルに絡まったパスタ。

「うるせぇ。」

「だから、なんで怒ってんのよ。」




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 2018_05_07





俺は頭がおかしくなっちまったのか。
NY行きのジェットの中で目を閉じると、なぜか牧野の顔が浮かぶ。

赤く酔いが回った顔、潤んだ目、眠る幼い顔。
まるであいつに恋をしているみたいに胸がざわつく。

そんなバカな事、ある訳がねぇ。
あいつの事は何ひとつ知らねぇし、女として特別に見たことなんて一度もない。
それどころか、ダチが惚れてる女だ。
それ以上でも、それ以下でもない。

それなのに、
何度振り払ってもあいつの顔が頭から離れない。











神崎社長と呑んだあの日から二週間後、
ロイヤルホテルのパーティー会場で、一ノ宮が手がける化粧品のレセプションが開かれた。

会場内はそこそこ賑わっている。
その中に、黒のワンピースで他の女たちと立ち話をしている牧野を見つけた。

この状況で牧野を一番に探す自分にも驚愕だが、それ以上に、やめればいいのに女たちが集まるその場所へ足を向ける自分に腹が立つ。

何やってんだよ俺は。


牧野の傍まで来ると目が合った。

「おう。」

「……どうも。」

俺と牧野を交互に見て、周りの女たちが騒ぎ出す。それと同じタイミングでステージ上で司会者の挨拶が始まった。

会場内の奴らが一斉にステージ前へと流れていく。それに合わせて移動しようとした牧野の腕を思わず掴んだ俺。

「……なに?」

いきなり掴まれたこいつは不審な顔で俺を見た。

「いや、……おまえ、俺になんか言うことねーのか?」

「え?」

「だから、そのぉ、……この間の、」

「あっ、そうだった!」

咄嗟に出した話題に食いついたこいつ。
キョロキョロと周りを見回したあと、

「この間はごめん。
家まで送ってくれたんだよね。
それが、あたし、…あんまり覚えてなくて。」

申し訳なさそうにそう言う牧野に、俺はいい事を思いつく。

「マジで、覚えてないとか有り得ねぇ。」

「えっ、あたしなにかした?」

「何かした?ってレベルじゃねーよ。
酔って俺に絡むしよ、歩けねぇから部屋まで連れて行けって抱きついてきたのは誰だよ。」

「はぁ?ちょっと、それほんと?」

「疑うなら、俺の運転手に聞いてもいいぞ。」

「………最悪。」

顔をしかめてそう呟くこいつに顔がニヤける。

「散々、迷惑掛けられたんだから、この落とし前は付けてさせてもらうぞ。」

「信じらんない……。
あんたに言われるとヤクザよりも怖いんですけど。
で?どうしたらいいの、あたし。」

口を尖らせて俺を見上げるこいつに、俺は携帯を取り出しながら言った。

「とりあえず連絡先教えろ。
借りはゆっくり返してもらうからな。」




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 2018_05_04




邸の運転手に告げて向かった牧野のマンションは、三階建の小綺麗な所だった。

「おいっ、起きれるか?」

車のシートに沈み込むように眠るこいつにそう声をかけると、

「んっ……大丈夫。」
と、小さく答える。

「おまえの家に着いたぞ。」

「うん、ありがと。……お世話になりました。」

今にも転げ落ちそうになりながら車から降りた牧野は、振らなくてもいい頭を大きく下げて、
「お疲れ様でした。」
と、いいマンションへと入っていく。

しばらく牧野の後ろ姿を目で追っていると、
エレベーターのボタンを押したあと、壁におでこを付けながら微動だにしねぇ。

「ったく、そんなとこで寝んじゃねーよ。」
呆れると言うよりも笑いが込み上げてくる。

車から降りた俺は、
エレベーターが来てるのも気付かねぇで目を閉じてるこいつの体を荷物の様に抱え上げると、エレベーターに乗り込んだ。

観念したのか、無理だと自覚したのか、俺に抱きかかえられた牧野から鍵を受け取ると、三階の一番奥の部屋の鍵を開けた。


部屋はリビングの奥にベッドルームが一つ。
どれも綺麗に片付いている。

「鍵、ここに置くぞ。」
リビングのテーブルに鍵を置きながら、俺の肩に頭を置く牧野に話しかける。

「…あり…がとう。」

牧野がそう返事をした時、思いの外こいつとの距離が近くて体がソワソワする。
俺の耳元で牧野の吐息。
今更ながらこいつは女なんだと気付かされて、
ベッドルームへ直行すると、乱暴にベッドの上にこいつを下ろした。

「痛っ…もうっ、もう少し…優しく出来ないかな…」

「うるせぇ、ここまで担いでやっただけ感謝しろ。」

「相変わらず、ひっどい男。」

「ったく、立てなくなるまで呑むな女なのによ。
俺がせっかくおまえを先に帰らせようと神崎に言ったのに、大口たたいて最後まで付き合うとか言い出すからだろ。」

ベッドに寝る牧野と、それを見下ろしながら話す俺。

「だって、……あんた…、あっ!
今、何時?」

急に起き上がりそう叫ぶこいつに、

「あ?…もうすぐ1時になる。」
と俺が答えると、

「嘘っ。あんた時間大丈夫なの?」
と、赤い目で俺を見つめる牧野。

「だって、今日からNYでしょ?」

「…ああ。なんで、おまえ」

「お店の前で車から降りるときに言ってたの聞こえたから。
……呑みすぎてない?……出張なのに大丈夫?」

呑みすぎてるのも、大丈夫じゃねーのもおまえだ、と言ってやりてぇのを抑えて俺はベッドによし掛かるように床に座った。


「おまえさ、もしかして、俺の為にこんなに呑んだのかよ。」

「別に…そういう訳じゃないけど、」

それなら辻褄が合う。
神崎と酒を呑む間も、時間大丈夫?と何度も俺に小声で聞いたり、
日本酒が好きだと言って、俺の猪口まで取り上げて呑んだこいつ。
酒なんて強くないのはすぐに分かった。
それなのに、俺にはあんまり呑むなと言いながら、残った酒を必死に減らし続けたこいつ。

「自分の心配しろっつーの。」

「……。」

「バカ女。」

「……。」

何も返事がないってことは、眠りについたのか。
そっとベッドの上を覗くと、いつもより幼い顔でこいつが目を閉じている。

顔にかかる髪をそっとどけてやりながら、
「鍵、ポストに入れておくぞ。」
そう言って立ち上がった俺。

その時、
眠ったと思った牧野が言った。

「道明寺……ありがと。」


道明寺……。
こいつが呼ぶその響きに胸がギュッと縮むほど痛くなる。
道明寺と呼ぶ女は昔も今もこいつだけ。

胸のざわつきと痛みを感じながら考える。
この妙な感覚はなんなのか。

俺の中で警告音がなる。
このままここにいるべきじゃねぇ。


俺は急いで部屋を出た。



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 2018_05_01





神埼に付き合うこと2時間。
ようやく最後の一杯まできた。

隣に座る牧野は、俺の予想に反して潰れていない。
それどころか、神埼の話に真剣に付き合い、
見るからに神崎が上機嫌なのが分かる。

最後のひと口を神崎が飲み干したあと、
「今日は楽しいお酒をありがとう。
牧野さん、君たちと一緒に仕事が出来ること、とても嬉しく思っているよ。一ノ宮君にもそう伝えてくれ。
道明寺くん、今日は失礼な事も言って申し訳なかった。
いつか一緒に仕事が出来る事を楽しみにしています。」
そう言って少しふらつく足で部屋を出ていった。

料亭の個室に残された俺たち2人。

「見かけによらず酒強ぇーんだなおまえ。」

「……。」

「なんだよ。」

俺の言葉になにも言わずジッと俺を見てくるこいつ。

「おいっ、大丈夫か?」

「帰りたい……。」

「あ?」

「もぉー、気持ち悪いぃー。
はぁーー、もう限界。帰りたい、帰りたいよー。」

さっきまで平気な顔で頑張ってたこいつもかなり限界だったらしい。
テーブルに右頬を付けて目を閉じる牧野。

「おいっ、寝るな。」

「…眠たい。」

「帰るぞ。」

「…先に……帰って。」

「ったく、しょーがねーな。」

もうすでに眠りかけてる牧野。
俺は携帯を取り出すと、今日は上がってくれと伝えた西田にコールする。

『はい。』
勤務外にも関わらずワンコールで西田の声。

「こんな時間にわりぃ。
さっきの店に車用意してくれねーか。」

「分かりました。」

「おまえは来なくていい。
邸の車だけ用意してくれ。」

「…はい。」

今日は会食のあとタクシーで帰るつもりで西田にもそう伝えてあった。
だから、西田は不審に思ってるかもしれねぇが、それを聞いてくる野暮はしねえ所が流石。

電話を切ると、完全に眠りに入った牧野の鞄を開けさせてもらう。
財布の中にある身分証に書かれた住所。

それを頭に入れた俺は、こいつの体を抱き上げて部屋を出た。



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 2018_04_27




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Author:司一筋
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